2022年1月30日

〔ヨハネの黙示録連続講解説教〕

第74回「ヨハネの黙示録10章9〜10節」
(17/2/19)(その1)

9〜10節「そこで、天使のところへ行き、その小さな巻物をください」と言った。
すると、天使はわたしに言った。「受け取って、食べてしまえ。それは、あな
たの腹に苦いが、口には蜜のように甘い。」わたしは、その小さな巻物を天使
の手から受け取って、食べてしまった。それは、口には蜜のように甘かったが、
食べると、私の腹は苦くなった。」

 先週は、見者ヨハネが初めて、預言者として召命を受けた場面に入りました。
いささか「遅い」感はありますが、今まで、ずっと天での出来事を見させられ
てきたのも、滅びを前にしての世界の人々に、神の言葉を伝えるための準備
だったのでしょう。
 8節によると、天からの声はこう語りかけました。
「さあ行って、海と地の上に立っている天使の手にある、開かれた巻物を受け
取れ。」
 天からの声が与えられた点は、イザヤ、エレミヤと同じですが、その声の内
容は、ずいぶん違います。イザヤ、エレミヤの場合には、行って(イスラエル
の)民に言うべき言葉が与えられました。(イザヤ6:9、エレミヤ1:7)と
ころが、見者ヨハネには、直接的に語るべき言葉ではなく、巻物が与えられま
した。
 それは、語るべき言葉が、神秘のベールに包まれているということです。な
ぜでしょうか。見者ヨハネの場合には、既に世界は滅びの過程の中に入ってし
まっているからです。これからは、今までに起こったことのない出来事、体験
したことのない出来事が語られるのです。
 その点、預言者エゼキエルの召命は、見者ヨハネの召命とよく似ています。
エゼキエルも召命の際に巻物を与えられました(3:1)エゼキエルもエルサ
レム、イスラエルの滅亡というまだ体験したことのない事態に対し、見者ヨハ
ネほどではないとしても、今までに起こったことのない出来事、体験したこと
のない出来事を語らざるを得なかったのです。
 ところで、その巻物の内容が気になるところですが、前回はその内容を示唆
する2つの出来事と言うか記事を紹介させていただきました。
 一つは、8節の行って受け取れ、という命令です。これは、ギリシア語では
「ヒュパゲ・ラベ」です。そして、旧約聖書、ヘブライ語では「レーク・カーク」
という決まり文句でした。しかも「レーク・カーク」が用いられている2か所
については、どちらも、「受け取る」ことが、かなりの重荷になるもの(ばか
り)でした。一つは、創世記27:13、ヤコブを偏愛しているリベカが、ヤコブに
「お父さん(イサク)の祝福を奪い取って来なさい」と言う「レーク・カーク」
です。こんな不当な祝福を奪い取ったがゆえに、ヤコブは、兄の恨みを買い、
21年間も家を離れねばなりませんでした。
 もう一つは、ホセア書1:2、神が預言者ホセアに「行け、淫行の女をめとり、
淫行による子らを受け止めよ」と命令する場面での「レーク・カーク」です。
いくら、象徴預言である、とは言え、ホセアにとって、こんなきつい命令はあ
りません。
 よって、見者ヨハネに求められている預言もかなりきついものであることが
示唆されているのです。
 また、それに加えて、見者ヨハネへの災いは、すぐに起こるらしいことも、
この8節の中に示唆されています。普通巻物は封印されているのですが、今度
の封印は何と開いている、よって、この預言はすぐになされねばならないもの
だ、ということが分かるのです。
 と言うことで、今日はいよいよその巻物の中身に入ってまいります。次のよ
うに表現されています。

(この項、続く)



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