2021年12月05日

〔ヨハネの黙示録連続講解説教〕

第70回「ヨハネの黙示録9章20〜21節」
(17/1/22)(その1)

20〜21節「これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造った
ものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれ
で造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、
聞くことも、歩くこともできないものである。また彼らは人を殺すこと、まじ
ない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。」

 おはようございます。めげそうな内容ですが、今日も元気に黙示録を学んで
まいりましょう。
 第六の天使がラッパを吹くことによって始まった災い、実質的には第二の災
いの話です。
 この災いは、実質的には、馬、炎と煙と硫黄とを吐く軍馬、しかも、尾っぽ
が蛇になっている馬(そんな馬いるか?)ですが、それが、何と二億頭も現れ
て、暴れまわり、地球上の三分の一の人が死んだ、と言う災いでした。
 かなり起こりそうにない出来事ですが、しかも、この出来事に、ユーフラテ
ス川につながれていた4人の天使、堕天使が関係していたようなので、話がや
やこしくもあり、そこのところを振り返っておきましょう。
 第二の災いは、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使が、人間
の三分の一を殺すために解き放されたところから始まりました。
 この天使たちは、「その年、その月、その日、その時間のために用意されて
いたのである(15節)」と言われているように、この日のために、人類を殺すた
めに、満を持していた「堕天使」だったのです。
 「堕天使」ですから、神に従わないこともありうる、いや、従わないでしょう。
しかし、神は、終末の時に災いを下すために、「堕天使」どもを自由にふるま
わせたのです。
 そこで、この堕天使どもが仕切って、先ほど述べた「殺し馬」軍団と言うよ
りは、「殺し馬」の群れが、地球上を蹂躙し、全人類の3分の1が命を失ったの
です。
 しかし、1週間たって、先週のところを振り返ってみて、4人の「堕天使」が、
この「殺し馬」の群れをどのようにして仕切ったのか、何も書かれていないこ
とは不思議です。
 私たちは、馬に騎乗していたのではないか、とか、軍団のリーダーだったの
ではないか、とか、考えてしまいがちですが、もしそうだったとすれば、それ
は、「堕天使」ではなく、まともな天使のすることです。「殺し馬」の群れ自
体も明らかに霊的な存在ですから、天使でなければ御することはできませんが、
なにしろ、まともな天使ではなく「堕天使」ですので、その「殺し馬」の群れ
さえもだまし討ちにし、用が済んだら200,000,000の騎乗者もろとも、皆殺し
にした、とも考えられます。エゼキエル書39:1以下のゴグの運命は、そのこ
とを類推させます。そして、「堕天使」は生き延びるのです。
 第六の天使がラッパを吹くことによって始まった災い、実質的には第二の災
いは、もともとは、殉教者の怨念(を晴らす)ことから始まった災いです。し
かし、結果したことは、人類の3分の1の死と、二億に及ぶ馬と騎乗者の屍で
した。どんなに正当な復讐心であっても、それを実行したとき、そこに残るの
は、決して充実感、達成感などではなく、空しさと絶望感でしかありません。
 さて、今日は、この第二の災いの最後、それでも生き残った人類の最後の三
分の二がどうしたか、です。どうしたのでしょうか。

20〜21節「これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造った
ものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれ
で造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、
聞くことも、歩くこともできないものである。また彼らは人を殺すこと、まじ
ない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。」

(この項、続く)



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