2021年10月24日
〔ヨハネの黙示録連続講解説教〕
第67回「ヨハネの黙示録9章7〜12節」
(17/1/1)(その1)
7〜12節「さて、いなごの姿は、出陣の用意を整えた馬に似て、頭には金の冠
に似たものをつけ、顔は人間の顔のようであった。また、髪は女の髪のようで、
歯は獅子の歯のようであった。また、胸には鉄の胸当てのようなものを着け、
その羽の音は、多くの馬に引かれて戦場に急ぐ戦車の響きのようであった。更
に、さそりのように、尾と針があって、この尾には、5カ月の間、人に害を加え
る力があった。いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その
名はヘブライ語でアバドンと言い、ギリシア語の名は、アボリオンという。
第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、さらに3つの災いがやって来る。」
第5の天使のラッパの音と共に、第5の災い、実質的には、第一の災いが始
まりました。
第5の天使がラッパを吹きました。すると、「一つの星が天から地上へ落ち
て来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、そ
れが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上
り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、いなご
の群れが地上へ出てきた。」
黙示録では、星は天使です。そして本来は、教会の守り神でした。ところが、
星にも、つまり天使にもいろいろな星、いろいろな天使があるらしい、という
ことが、この章から分かってくるのです。
その星、天使が天から落ちて来て、ここで、この天使が天から追放されて落
ちてきたと考えるか、あるいは、神の命令で、下の方に急降下してきただけな
のかによって、この天使がいかなる存在であるか、変わってくるのです。その
天使は、急降下して来て、そして、その天使に、「底なしの淵」に通じる穴
(原文を厳密に訳すと「井戸」です)を開く鍵が与えられていて、そして、そ
の鍵を開くと、煙が出て来て、その煙の中から、いなごの群れが出てきたので
す。
で、「底なしの淵」と訳されている「アビュース」が何か、について前回取
り上げました。
「アビュース」は、ヘブライ語の「ティホーム」の翻訳で、日本語訳(旧約)
聖書では「深淵」と訳されています。
創世記1章2節を見ていただければ分かるように、神さまが天地を創造される
前、地は何もなかったのではなく、「深淵」が覆っていました。それは、暗い
海のようなもので、天地創造と共に、地下におしこめられていました(詩編33:7)
が、その中に、ユダヤ教では、この「アビュース」が、堕落した天使や、デーモ
ン(小悪魔)が、閉じ込められるところと考えられるようになってきました。
最終的な神の罰なのか、あるいは、待機点であるのか、については、考え方は
分かれますが、後期ユダヤ教においては、これらの存在がいる所と考えられて
いたのです。それは、本来は、(後に混同されるようになりますが)人が罰を
受けて最終的に処分される所、「ゲヘナ」とは区別されていました。
よって、天から急降下してきた天使、星は、これらの堕落した天使や、デーモ
ン(小悪魔)を解き放つために、天から急降下してきたのでした。
となると、この天使が神の命令で、下の方に急降下してきたのか、あるいは
天から追放されて落ちてきたのか、つまり、この落ちてきた天使がまともな天
使なのか、あるいは堕天使なのか、という問題については、明らかに堕天使で
ある、と考えられます。
つまり、「アビュース」から出てきたのは、神から「人を苦しめる」権限を
与えられた(本来はよい)者ではなく、本来は神に従う者であったにも拘わら
ず、神に背き、堕落し、すでに罰を受けた存在であったのです。神は、実質的
な終末の刑罰の第一として、「堕天使」どもに自由に活躍できる5カ月の期間
を与えられたのです。
つらいですね。しかし、希望はあります。「額に神の刻印を押されている人
は害を受けない」というのです。「額に神の刻印を押されている人」とは、
7:1以下では、「イスラエル」のことでした。しかし、歴史上のイスラエル
においては、外された部族もあると同時に、新たに加えられた部族もあるよう
に、私たちも、何とか、神に従う歩みをしようと心がけるならば、何とか、耐
えられるかもしれません。
さて、そこで、本日は、そうして出てきた「いなごの群れ」とは何者なのか、
学んで参りましょう。
(この項、続く)
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