2021年10月10日

〔ヨハネの黙示録連続講解説教〕

第66回「ヨハネの黙示録9章1〜6節」
(16/12/18)(その1)

9:1〜6「第5の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ
落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、
それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち
上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、いな
ごの群れが地上へ出てきた。このいなごには、地に住むさそりが持っているよ
うな力が与えられた。いなごは、地や草やどんな青物も、またどんな木も損
なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えて
もよい、と言い渡された。殺してはいけないが、5カ月の間、苦しめることは
許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛の
ようなものであった。この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことが
できず、切に死を望んでも、死の方が逃げて行く。」

 先週で第四のラッパ吹きまで終わりましたので、第一から第四のラッパ吹き
を振り返っておきたい、と思います。
 「第一のラッパ」の音と共に、もたらされたのは雹でした。雹と言っても、
終末の雹ですから、それは厳しいものではありました。しかしそれでも、ファ
ラオの場合と同じように、神は心が動くことを求めておられるのです。全滅ま
ではまだまだなのです。
 第二の天使のラッパ吹きによって引き起こされた災害と、その結果起こった
ことは、「火で燃えている大きな山のようなもの」が海に投げ込まれ、海の三
分の一が血に変わり、また、海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の
三分の一が壊される、という事態でした。この「火で燃えている大きな山のよ
うなもの」は隕石である、と考えられます。つまり、本来は教会の守り神であ
る「星」がその身の一部を削ってひきおこした災厄であったのです。第二の災
厄は、天使の痛みを覚えさせるものであり、それで、その意味でやはり悔い改
めを求めるものであったのです。
 第三の災厄はどうでしょうか。第三のラッパによって引き起こされた災厄は、
「松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分
の一と、その水源に落ちた。この星の名は、「苦よもぎ」と言い、水の三分の
一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。」というも
のでした。
 一見すると第二の災厄の応用編、あるいは変形に見えるかもしれません。し
かしこれは、この星の名が「苦よもぎ」という名であることにより、教会の守
り神である星が身を削って飛び込んだ災厄ではなく、神がまさに、偶像礼拝、
浮気に対して怒り心頭にして下された災厄であることが分かるのです。
 それでは、第4の天使のラッパによって引き起こされる第4の災厄はどうで
しょうか。
 それは、「太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわ
れたので、それぞれ三分の一が暗くなって」でした。それは、明らかに日食、
月食、そしてついでに星食です。が、では、神はなぜ太陽、月、星の三分の一
を打って日食、月食、そしてついでに星食を起こしたのでしょうか。それが分
からないのです。
 日食、月食、そしてついでに星食は、世界各地、いや世界中で起こる現象で
あり、人々はそれに独自の宗教的意味を持たせてきました。では、旧約聖書に
何かモチーフがあるかというと、ないんですね。たとえば東南アジアの各地に
あるように日食や月食は、悪い弟・妹が、良い兄・姉を怒らせたときにおこる
と、言われているか、というとそうではない。悪い弟ヤコブが、善良な兄エサ
ウをだましうちにして怒らせたとき、日食、月食、そしてついでに星食が起き
たか、というと起きていないのですね。
 ですから、神が怒って、日食、月食、そしてついでに星食を起こしたという
話は、旧新約を通して初登場のお話です。
 しかし、旧約聖書に、神が怒って、地(世界)を暗くするであろうという思
想は大いにある。イザヤ書13:10などによれば、「怒りの日」には闇が来るの
です。そして極めつけは、出エジプト第10番目の災いである「暗闇の災い」に
至るわけです。
 ゆえに、ヨハネ自身かもしれません。あるいは、その後の、編集者、読者で
あるかもしれません。日食、月食、そしてついでに星食話、を「暗闇話」で理
解するようになっていったのです。
 日食、月食、そしてついでに星食が起こったとしても、そして、それが3分の
1の部分食であったとしても、地の三分の一の部分が暗く、闇に包まれるわけ
ではありません。また、三分の一の時間、闇に包まれるわけでもありません。
それが、この日食、月食、そしてついでに星食の物語は、出エジプト記の地の
三分の一の部分が暗く、闇に包まれる話をも乗り越えて、三分の一の時間、闇
に包まれる話として、受け継がれることとなったのです。

(この項、続く)



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