2019年12月08日

〔使徒言行録連続講解説教〕

(15/9/27)(その1)

18〜19節「ティアティラにある教会の天使にこう書き送れ。『目は燃え盛る炎
のようで、足はしんちゅうのように輝いている神の子が、次のように言われる。
「わたしはあなたの行い、愛、信仰、奉仕、忍耐を知っている。更に、あなた
の近ごろの行いが、最初のころの行いにまさっていることも知っている。…」

 さて、ヨハネの黙示録の7つの教会への手紙も、前回終えたペルガモン教会へ
の手紙をもって3つの教会への手紙を終え、今日から4番目の教会、中間点の教
会への手紙に入ってまいります。早いものです。
 どこの教会か、と言いますと、ティアティラの教会です。
早速、ティアティラがどのような町であったのか、というところから入って行
くことといたしましょう。
 ペルガモンという町自体が、エーゲ海からは24q内陸に入ったところに位置
していたのですが、ティアティラの町はそこからさらに60q奥に入ったところ
にあります。
 と言うと、とんでもない山奥にあるかのように聞こえますが、この町は分水
嶺に位置しているのでして、今までカイコス川に沿って遡って来たのですが、
街道はここから南西に折れ、今度はヘルムス川に沿って降って行くこととなる
のです。
 よってこの地は軍事的な要衝となるわけでして、アレクサンダー王国を継承
したセレウコス朝の王、セレウコス1世が紀元前280年ごろ、アレクサンダー軍
以来の軍人、その家族を住まわせるために建設された町でした。今の日本で想
像するに、佐世保、横須賀、相模原、立川と言った感じの町かしらん、と思い
ます。軍都であるがゆえに、出身地は様々で、新しいものに寛容ではあるので
すが、歴史と伝統はないのです。
 この軍都としての町の性格は、後々まで尾を引くこととなります。
まず寛容な点ですが、セレウコス1世は、ユダヤ人に対しても寛容で、ユダヤ人
を入植させ、この地にシナゴグができた、と言われています。ディアスポラの
ユダヤ人の職業と言えば商業ですから、この地にさまざまな職人が集まり、そ
してそれを商う商人が集まり、同業組合が発達していた、と言います。
 このことは、聖書においても証明されます。使徒言行録16:14節、パウロの
初めてのギリシア本土での宣教において、フィリピで初めての改宗者として、
リディアという女性とその家族とが洗礼を受けました。このリディアは、ティ
アティラ市出身の紫布を扱う商人だったのです。
 他方、こういう町は、歴史と伝統とがありませんから、宗教は「はやり神」
となる傾向があります。いろいろな神が入り込み、あっという間に信者が増え
るのですが、あっという間に消えていくのです。いろいろな神々の神殿があり
ました。アポロ、アルテミス、さらには土着の神サンバセの社もあったと言い
ます。しかし、どれも伝統的宗教ではなかったのです。
 こういう町では、キリスト教の伝道も容易だったことでしょう。黙示録以前
に、黙示録以外にティアティラの教会に関する記述は一切ありませんから、だ
れが、どのような伝道をして、この教会が形成されたのか、は一切わかりませ
ん。まして、どのくらいの人数の教会員がいたか、といったことについては全
く不明です。しかし、新しいものへの関心、進んで受け入れる風土を考えると、
急速に発展したのではないでしょうか。
 今の日本の軍都的性格の町から想像するに、相模原市にそういう教会があり
ますが、(カンバーランド高座キリスト教会のごとくに、)何千人もの信者を
集める教会ができたと考えることも不可能ではないのではないでしょうか。
しかし、その教会も、歴史と伝統息の希薄な教会であったのです。
 さて、そこでの教会の問題に早速入りたくなるところなのですが、その前に、
他の教会への手紙と同じように、最初に褒め言葉がありますので、それに触れ
ない訳にはいきません。

19節「わたしはあなたの行い、愛、信仰、奉仕、忍耐を知っている。更に、あ
なたの近ごろの行いが、最初のころの行いにまさっていることも知っている。…」

(この項、続く)



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