2019年11月10日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第16回「ヨハネの黙示録2章14〜15節
(15/9/13)(その1)

 さてさて今日は、ペルガモン教会への手紙の二回目です。
先週は、ペルガモンの地がどこにあるか、そしてその歴史について詳しくお話
しするところから始めました。
 ペルガモンは、スミルナより80q北にある町で、紀元前252年から、紀元前
133年までこの地にペルガモン王国という王国がありました。そして、その王
国時代に造られたのが、あの有名なペルガモンのゼウス神殿です。19世紀にプ
ロイセンの手によってドイツへ持ち去られ、ベルリンのペルガモン博物館の
「目玉」となりました。第二次大戦後、一旦ソビエトに持ち去られ、またドイ
ツに「返された」という数奇な運命をたどっています。ペルガモンには、ギリ
シアの神々への信仰が深く根付いていたことは確かです。
 第二に、ペルガモンはローマ帝国時代、アシア州の首都であった時代があった
関係上、アウグストゥスはこの地に自分と女神ローマとを祀る神殿を立てさせ、
後の皇帝、トラヤヌス帝、セルヴス帝もそうしました。ペルガモンは「皇帝礼
拝のメッカ」でもあったのです。
 第三に、忘れてならないのは、ここには、医神「アスクレピオス」の神殿も
あったということです。新約聖書にはこの名は一切出てきませんが、当時の医
者は皆ここで医療活動を行うとともに、神殿の祭祀に関わっていたのです。
 さて、前回は、ここペルガモンの地にある教会で、教会員であるアンティパ
スが殉教した、ということが告げられていました。「サタンの王座」がアン
ティパスを殺した、ということで、前回の説教は、その犯人捜し、「サタンの
王座」がどこか、という話に終始してしまいました。
 通説では、ローマ皇帝の神殿です。だって300年間キリスト教を弾圧した
ローマですもの。しかし、殉教者がアンティパスただ一人というのが気になる。
ローマの弾圧だったら、教会潰しにかかるでしょう。そこで、通説の対極なの
ですが、「サタンの王座」は「アスクレピオス」の神殿である、という仮説を
わたしは立ててみました。ゼウス神殿も気にはなりますが、これはめちゃ多神
教ですから、事件が起きない限り、弾圧には至らないでしょう。
 その仮説に立った上ですけれども、アンティパスは、「アスクレピオス」の
神殿に属する医師兼祭司であったのだけれど、クリスチャンになったので、今
までの医療を拒否し、殺された、と想像を巡らせてみたのです。
 この想像が当たっているかどうかは、私には、分かりません。が、ともかく、
この迫害は、徹底的に個人的なものであり、他の教会員が「知らん顔」、「知
らん顔」と言うと言い過ぎかもしれませんが、平常通り、教会生活を続けてお
り、内紛も続けておりました。そこで、私は、「教会員仲間の殉教には、心を
痛め、心を寄せるべきではないでしょか」といった、そういう勧めをもって説
教をしめくらせていただいたのであります。
 さて、そこで、今日は、この殉教事件の間、他の教会員が何をしていたか、
という問題に入ってまいります。それは、教会員全部ではないにしても、「バ
ラムの教え」を奉じ、「ニコライ派の教え」を奉じていたというのですね。そ
れでは、「バラムの教え」とは何なのか。また、「ニコライ派の教え」とは何
なのか。そして、教会員がこれらの教えを奉じていたということには、どのよ
うな意味があるのか、その点を今日は丁寧に論じてまいりましょう。

14節「しかし、あなたに対して少しばかり言うべきことがある。あなたのとこ
ろには、バラムの教えを奉ずる者がいる。バラムは、イスラエルの子らの前に
つまずきとなるものを置くようにバラクに教えた。それは、彼らに偶像に献げ
た肉を食べさせ、みだらなことをさせるためだった。」

 「バラムの教え」については、「あああれか」と察知された方もいらっしゃ
ることでしょう。本日の旧約書、民数記22章から24章に記されている物語です。
 イスラエルがエジプトを脱出してカナンに向っている途中のできごとです。
モアブの地にさしかかりました。モアブは、イスラエルの隣国で、後々までイ
スラエルと対抗しました。ついでですが、ルツはモアブの女性です。そのモア
ブの王がバラクで、バラム、この人はどうも呪術師のようです、にイスラエル
を呪うように要請しました。しかし、バラムは、神に出会い、神の言葉に従って
イスラエルを祝福してしまった、という物語です。結論だけ申し上げると、何
かつまらない話のようですが、物語そのものは、紆余曲折があって面白いもの
なので、後で民数記に目を通しておいていただきたい、と思います。が、要す
るに、バラムは、異国の魔術師のような人らしいのですが、神の言葉に従い、
イスラエルにとっても「いい人」だったのです。

(この項、続く)



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