2018年09月16日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第103回「使徒言行録27章9〜12節」
(14/12/14)(その2)
(承前)

 まず、この船は、アレクサンドリア船籍の商船ですから、船主、船長始めク
ルーは多くはエジプト人である、と考えられます。そして、エジプト人の一般
船客もいたことでしょう。ミラに寄りましたから、小アジアに住むギリシア人
も乗船していたかもしれません。逆にローマに帰る人もいたことでしょう。そ
して、ミラで、パウロと他の数名の囚人(27:1)を含むユリウスを頭とする百
人隊(ほんとうに百人ピタリいたかどうか、はともかくとして)が乗り込みまし
たので、兵士たちは、出身は様々でしょうが、一応ローマ人です、これで267人
(27:37)になることと思われます。
 そうしますと、パウロと、(ルカとアリスタルコはユダヤ人ではありません
ので、)囚人のうちに何人ユダヤ人がいたか、そして一般乗客、クルーの中に
何人ユダヤ人がいたか、そのごく少数のユダヤ人と、圧倒的多数のギリシア人
(ギリシア文化の中に生きる人)という対立関係で、この船の乗員は成り立って
いたのであります。
 ところが、ここで、著者は「断食日」というユダヤ教の宗教行事を持ち出し
ました。
 「断食」は、ユダヤ教の祭日「贖罪日」の行事です。食事をしたり、飲んだ
り、洗ったり、塗油をしたり、サンダルをはいたり、物をやりとりすることが
禁じられていました。「贖罪日」はティシュリの月の10日となっています。
ティシュリの月は現在の暦で言うと、9月後半から、10月前半となります。
よってティシュリの月の10日は、9月末か、10月はじめとなるのです。そして、
ユダヤでは、このころの航海は危険である、と言われていたのでした。
 パウロを始めとする、ごくごく少数のユダヤ人は、このことを知っていまし
た。それで、パウロは、代表して「みなさん、わたしの見るところでは、この
航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失とを
もたらすことになります。」と言ったのです。「この航海」とは、イタリアま
ではだめだけれど、クレタ近辺ならいい、と言うことを言ったわけではありま
せん。パウロは、この時期の航海全般が危険であることを、ユダヤの言い伝え
に基づいて言ったのです。パウロはここで、あくまでもユダヤ人として、ユダ
ヤ教徒としてふるまったのです。
 乗員、乗客が全員ユダヤ人だったら、ユダヤ教徒だったら、パウロが囚人で
あるなしに関わらず、パウロの言うことに耳を傾けたことでしょう。
 しかし、船内はギリシア人そしてローマ人が圧倒的多数を占める社会だった
のですね。ユダヤ教徒ではありませんし、ユダヤの言い伝えなんか、知りませ
ん。その上、彼らには、別の基準があったのです。
 スエトニウスの「クラウディウス伝」の第18章によると、皇帝クラウデイゥ
スは、危険な冬の航海、それも葦の船による航海に、優遇処置をとった、と記
されています。ローマでは、冬の危険な航海が、その危険を乗り越えられれば、
多くの利得につながったのです。
 さあ、みなさんだったら、どちらにしたがいます?
ユダヤ教徒が大多数であれば、ユダヤの知恵に従う良心が発揮されたかもしれ
ません。しかし、ここは異教の社会、しかも利権が絡んでいるとなると、次の
結果を招くこととなりました。

11〜12節「しかし、百人隊長は、パウロの言った事よりも、船長や船主の方を
信用した。この港は冬を越すのに適していなかった。それで、大多数の者の意
見により、ここから船出し、できるならば、クレタ島で南西と北西に面してい
るフェニックス港に行き、そこで冬を過ごすことになった。」

 11節の「信用する」と訳されている語、「ペイソー」という語ですが、この
用法では、信用する」と「聞き従う」の2つの意味があり、ここでは「聞き従う」
の方が正しい訳です。
 船長や船主はユダヤ教徒ではありませんし、しかも、利権が絡んでいる、と
すると、いかに危険であろうが、航海の継続を主張するでしょう。また船内の
多くの人々、商売に絡んでいる人は同然でしょう。百人隊長は、利権とは関係
ありませんが、何よりもユダヤ教徒ではありませんから、神を畏れる思いも、
先祖の言い伝えを大切にする念もないでしょうから、大勢に従ってしまったの
です。
 こうして、「船」という異邦人社会は、神への畏れもなく、先祖への畏敬の
念もなく、自らを生命の危険へとさらすこととなってしまいました。
 パウロは本格的異邦人伝道にふたり、ユダヤ教徒なら当然に持っている「神
への畏れ」を異邦人に伝えるところから始めねばなりませんでした。困難で、
しかも道は長いですが、そこから始めねばなりません。

(この項、完)



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