2018年04月08日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第92回「使徒言行録24章27節」
(14/9/7)(その2)
(承前)

 ヨセフスの「古代誌」にれば、退任後のフェリクスは、カイサリアのユダヤ
人の告発を受け、このカイサリアのユダヤ人が大祭司一族と関わりあるかどう
かはわかりませんが、危うく処刑されるところでした。フェリクスの兄、パラ
スという人物が当時のローマの有力者であり、ネロ帝もそのころパラスに最高
の敬意を払っていたため、一命を取り留めた、ということです。
 どうせ、ユダヤ人に告発されるなら、パウロ裁判で、正々堂々と告発を受け
ればよかったのです。パウロ裁判、これは正しい判決を出しさえすれば、告発
されても言い開きができるはずです。「危うく処刑」にまでは至らなかったの
ではないでしょうか。自己を守るために、悪に悪を重ねると、どうなるか、ル
カは、それとなくほのめかしているのです。畏れをもって受け止めたいもので
す。
 そして、その後、パウロの運命は、はどうなるのでしょうか。
今日のテキストは、第二の情報として、フェリクスの後任として、ポルキウス
・フェストスなる人物が就任したことを告げています。
 ポルキウス・フェストスに関する情報は極めて少なく、ヨセフスの「古代誌」
と、「ユダヤ戦記」に記載があるのみです。そして、そこには、フェリクスの
ように、妻がどうたらこうたら、といった情報はなく、実際のところどのよう
な人物だったか、よく分かりません。
 しかし、「古代誌」と「ユダヤ戦記」に共通する情報として、「無頼の徒」、
シカリオスと称する暗殺者集団に非常に厳しい姿勢を取り、そしてそれはそれ
なりに効果を上げたことは事実のようです。フェリクスのように、その「無頼
の徒」を使って自分の気に食わない大祭司を暗殺するなどという矛盾した行動
はとっていない、ということです。
 よって、ポルキウス・フェストスの時代、それは紀元後56〜60頃と考えられ
ますが、ユダヤ教徒に対する抑えがきいていたことは確かなようです。
 パウロの裁判が最初からフェストスの下で行われていたら、直ちに無罪放免
されていたことでしょう。フェストスの時代までは、正義が生きていたのです。
 しかし、フェストスの時代は彼の死と共に終わりを告げ、その後任にアルビ
ノスなる人物が跡を継ぐとそうではなくなりました。
 アルビノスは、フェストスほどはユダヤ人への抑えが利かない人物だったよ
うで、また、たまたまその時の大祭司アナノスが、「古代誌」によれば、冷酷
な裁きをする人物であって、アルビノスの赴任途中の隙を狙って、何と、エル
サレム教会の指導者にして、イエスの兄弟であるところのヤコブを石打の刑に
処してしまったのです。ヤコブは、大祭司アナノスによって「律法を犯した」
カドでサンヒドリンに訴えられ、殉教してしまったのです。それまで抑えられ
ていた、ユダヤ教によるキリスト教への弾圧が起こってしまいました。
これが、今日皆様にお伝えしなければならない、重要事項の第二です。
 ローマ社会においても、そして、それゆえにユダヤ教社会においても、正義
が行われなくなってきていたのです。この世の支配者に神の正義が、見失われ
るところ、そこには、カタストロフしかありません。ローマとユダヤは、この
後、ユダヤ戦争へと、坂道を転げ落ちるがごとくに転がり落ちて行ったのでし
た。
 最後に、27節は、そもそも総督フェリクスが、まことに正義を失った人物で
あったことを告げて、締めくくられています。
 「フェリクスは、ユダヤ人に気に入られようとして、パウロを監禁したまま
にしておいた。」
内容を吟味して訳せば、
 「フェリクスは、ユダヤ人の機嫌を損ねまいとして、パウロを監禁したまま
にしておいた。」
 フェリクスのこの「神の正義よりも、自己保身を優先する姿勢」がこの後さ
らにユダヤ中に蔓延し、AD70年のユダヤ戦争の勃発、そしてユダヤの壊滅へ
とつながるのです。
 神の正義の失われた所、再建には、神の正義に基づいた預言者が必要です。
パウロがこれから、その役割を果たしていくこととなります。

(この項、完)




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