2018年03月11日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第90回「使徒言行録24章22〜23節」
(14/8/24)(その2)
(承前)

 もう一つの、本当の理由であるべき理由は、「フェリクスは、この道(キリ
スト教)についてかなり詳しく知っていた」です。ところが、使徒言行録著者
ルカによるこの記述には、何の根拠もないばかりか、一つの証拠もないのです。
そして、「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていた」としたら、
それがなぜ判決言い渡し延期の理由になるのでしょうか。これはいったいどう
したことなのか。聖書外資料を用いて探る必要があります。そしてそれから、
23節に入っていくことといたしましょう。
 聖書外資料、それはヨセフスの「ユダヤ古代誌」ですが、それには、総督
フェリクスによるパウロ裁判については一言も触れられてはいません。が、仮
に、この裁判があって、そしてなおかつ判決延期があったとしたら、「ユダヤ
古代誌」からは「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていた」以
外の、全く別の理由があったと推測されます。それは、総督フェリクスと大祭
司アナニアとの関係です。
 ヨセフスの「ユダヤ古代誌」によれば、はっきり言ってしまえば、総督フェ
リクスのときの大祭司はアナニアではありませんでした。ヨナテス(ヨナタン)
でした。ヨナテス(ヨナタン)は、フェリクスが総督になる前から、大祭司で
した。ヨナテス(ヨナタン)は、しばしばユダヤ統治についてフェリクスにし
ばしば警告を発していたのです。フェリクスがそれに従っていれば、二人はよ
い関係でいられたことでしょう。が、うるさく思ったフェリクスは、刺客を差
し向けてヨナテス(ヨナタン)を暗殺してしまった、とヨセフスは述べていま
す。そしてそのあと、ヘロデ・アグリッパ王が大祭司に任命したのは、イスマ
エロス(イシュマエル?)でした。大祭司の任命は、王の権限だったからです。
 だとすると、パウロ裁判のとき、大祭司として現れた人物は誰だったので
しょうか。ヨナテス(ヨナタン)でもイスマエロス(イシュマエル?)でもな
さそうです。大祭司でない、元大祭司の、つまり祭司長の一人としてのアナニ
アが現れた可能性が一番高いのです。
 もし祭司長(元大祭司)アナニアが現れたとしたら、その理由は何でしょう
か。それは、パウロに関心があるわけでは全くなく、総督フェリクスに対する
『嫌がらせ』のため以外の何ものでもないのではないでしょうか。現役の大祭
司を暗殺した総督です。問題になっているのがパウロだろうが、だれだろうが
どうでもいいのです。総督が「ユダヤ人が嫌がる判決を出すかどうか」だけが
問題なのです。そして、もしユダヤ人に少しでも気に入らない判決を出したな
ら、早速皇帝に訴えたことでしょう。
 総督フェリクスは窮地に追い込まれたことでしょう。「パウロ無罪」がこれ
だけ明々白々なのに、ウソ判決を出せば、それはそれで彼は失脚しますし、正
しい判決を出せば、さらにユダヤ人に追い詰められるきっかけとなる、という
訳です。
 これが、裁判延期の本当の理由です。彼らにとって、パウロは実はどうでも
よくて、(「ユダヤ古代誌」には名前すら出てきません。)彼は実は、その政
争の具として命を弄ばれただけだったのでした。
 しかし、それにも拘わらず、ルカはこの背景を知ってか知らずしてか、
「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていた」などと、能天気な、
お人好しのことを言っているのです。なぜでしょうか。
 もしも知らずしてこういうことを言っているとしたら、ただの権力追随者で
しかありません。それは、決して信仰ではありません。キリスト教に限らず、
宗教は、権力にひたすら従順な権力追随者を作りだすためのものではありませ
ん。
 もし、知っていてこう言ったとしたら、これは、「確信に満ちた信仰」です。
下心見え見えの、本当に根っからの悪人であるフェリクスを、少なくともキリ
スト教のシンパにしてしまおう、という強い意志です。ゆえに、フェリクスが
実際は悪意でキリスト教に近づいてきたことが分かっても揺るがないのです。
 23節は、フェリクスの寛大さを現すものではありません。古代では、(むし
ろ近代が変種なので)囚人への面会は自由でした。「友人たちの世話」とは、
食糧援助です。それをしないと、囚人が生き残れないのです。普通の対応でし
かありません。フェリクスは、自分の負い目ゆえに、パウロに特別の対応をと
ることができなかったのです。
 こうして、パウロは、実は、悪意と無関心の中で弄ばれつつ、しかし、神の
国の実現のために、新たな異邦人伝道を目指すのです。
 しかし、これはパウロだけの事ではありません。他人の悪意に弄ばれつつ、
しかしそれにもかかわらず、神の国の実現を目指す、それは伝道者の「普通の」
あり方です。

(この項、完)



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