2018年02月11日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第88回「使徒言行録24章1〜9節」
(14/8/10)(その2)
(承前)

 よって、サンヒドリンの名において、大祭司が総督にパウロを訴えることは
できません。
 大祭司アナニア個人においても、確かにパウロとの間に行き違いはありまし
たが、この件については、パウロが謝罪して終わっています(23:1以下)。
また、訴えられているとする問題と関係のない問題です。
 また、これは前に触れたことですが、アナニア自身も、シカリオスの凶刃の
前にその生涯を終えている人物です。その人物が、シカリオスの厳しい糾弾に
乗っかって、パウロを訴えるために労することはありうるでしょうか。ありえ
ません。
 要するに、ユダヤ人は、それぞれの思惑と事情の中で生きており、一致団結
して、パウロを訴えるという状況ではなかったのです。
 また、この記録の中で、告訴人が弁護士を立てた、という記録が、この裁判
の信ぴょう性(実際にあったかどうか)をもっとも疑わせるものとなっていま
す。
 当時の裁判では、必ず弁護士が付けられたわけではありませんでした。重要
な案件、複雑な案件のみです。もしも、ユダヤ人が一致してパウロを訴えたと
するなら、ありうるでしょう。しかし、ユダヤ人は全然一致していない。ゆえ
に弁護士が付けられることはありえない。そして、ありえないことが書かれて
いる、ということは、この裁判記録は、「仮想裁判記録」と言ってもよいもの
だ、ということです。もしも、ユダヤ人が一致してパウロを訴えたとしたら、
こうなるでしょう、という記録として、私たちは読むべきなのではないでしょ
うか。
 さて、以上の前提を踏まえて、告訴内容ですが、それは膨大なお世辞、儀礼
的言い回しの後に、5節、6節に触れられています。

2〜9節「パウロが呼び出されると、テルティロは告発を始めた。『フェリク
ス閣下、閣下のお蔭で、私どもは十分に平和を享受しております。また、閣下
のご配慮によって、いろいろな改革がこの国で進められています。私どもは、
あらゆる面で、至るところで、このことを認めて称賛申し上げ、また心から感
謝しているしだいです。さて、これ以上、御迷惑にならないように手短に申し
上げます。御寛容をもってお聞きください。実は、この男は疫病のような人間
で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている者、「ナザレ人の分派」
の首謀者であります。この男は神殿さえも汚そうとしましたので逮捕いたしま
した。閣下御自身でこの者をお調べくだされば、私どもの告発したことがすべ
てお分かりになるか、と存じます。』他のユダヤ人たちもこの告発を支持し、
そのとおりである、と申し立てた。」

 告発は、2点、ユダヤ教の中で分派活動をした、ということと、神殿を汚そ
うとした、ということです。2点のみです。
 あの、ファリサイ派とサドカイ派との間での大論争となった、復活の問題、
そしてこれは全ユダヤ教徒との間で論争となりうる「異邦人伝道」の問題は一
切触れられません。それらこそ、ユダヤ人とパウロとの間での最大の争点で
あったにもかかわらず、です。すなわち、これはバーチャル裁判ですから、
ローマ法で問題となるであろうことだけが触れられるのです。
 バーチャル裁判ですから、訴える方もきわめて紳士的です。礼儀正しく、お
世辞から始まり、「閣下御自身でこの者をお調べくだされば、私どもの告発し
たことがすべてお分かりになるか、と存じます。」という総督への全権委任を
持って訴えは終わるわけです。
 さて、問題は、たとえバーチャル裁判であるとしても、パウロが本当に分派
活動をして、神殿を汚そうとして、ローマ帝国の安寧秩序を破壊しようとした
かどうかです。
 まだ、裁判は前半ですが、パウロの弁論を待つまでもなく、答えは、明らか
に無罪です。
 ここで著者は、バーチャル裁判という手の込んだ手法を持ってではあります
が、パウロの異邦人伝道が、たとえユダヤ人の間でどんなに対立を抱えていた
としても、ローマ社会においては、何の問題性もない、ということを明らかに
しているのです。
 キリスト教にとって、ローマは後に最大の迫害車庫となりますから、キリス
ト教がローマで決して歓迎されたわけではありません。しかし、それにも拘わ
らず、すべての人の救いを求める異邦人伝道は、法的にも何ら問題のあるもの
では無い。そのことを、この物語を通して、著者は、後の時代のすべての伝道
者に伝えているのではないでしょうか。
私たちは、日本の伝道に思いをはせるものです。

(この項、完)



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