2018年01月14日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第86回「使徒言行録23章23〜25節」
(14/7/27)(その2)
(承前)

 護送先は、エルサレムから直線距離にして50マイル(80キロメートル)、道
のりとしては70マイル(112キロメートル)離れたカイサリア、総督フェリク
スのいる宮殿でした。ここで、ローマの「正当な判断」が下されるはずでした。
が、フェリクスは、ローマの市民権を盾に、パウロを過激派の手から守るに十
分な人物であったか、というとそうではありませんでした。危ない人物だった
のです。
 ここは聖書外の資料に頼らざるを得ませんが、ヨセフスの古代誌XX・Gに
よれば、フェリクスは、その任、総督職を解かれたあと、カイサリアのユダヤ
人に訴えられ、もしも実の兄パラスのとりなしがなければ、「ユダヤ人に対す
る数々の悪行のゆえに処刑されていたであろう」と評価される人物です。
 実際、彼のユダヤでの政治はぶれています。前総督クマノスが行った失政に
対しては、サマリア人とユダヤ人とのトラブルにおいて、不当にユダヤ人を弾
圧した、ということですが、に対しては、正当な判断を下したと言われていま
す。そして、「自分は預言者である」と宣言したエジプト人がエルサレムに
やって来て、群衆を扇動し、オリブ山に集めた事件(21:38)では、直ちに兵
士を派遣して、400人を殺し、200人を捕らえました。これは総督としては正当
な処置です。
 しかし、カイサリアで、ユダヤ人とシリア人が市民権を巡って争ったときは、
ユダヤ人の財産目当てと疑われても仕方のないやり方で、危うく、シリア人の
肩を不当に持つところでした。
 一番いけないのは、フェリクスのためを思って、しばしば警告を発してきた
大祭司ヨナテスを疎ましく思い、「無頼の徒」を使って、ヨナテスを暗殺させ
たことです。この「無頼の徒」が熱心党であったかどうか、はヨセフスの記述
においては不明でありますが、律法はもちろん、ローマの法による正当な手続
きに反することを総督自らしてしまったのです。
 パウロが心配です。フェリクスがパウロ暗殺に加担するようなことがなけれ
ばよいのですが。
 しかし、この千人隊長はまともです。まともすぎるくらいまともです。丁重
な、法的に正しい手紙、この手紙には、法廷用語がちりばめられています、を
書いて、パウロを守ろうとします。
 26〜30節「『クラウディウス・リシアが総督フェリクス閣下にご挨拶申し上
げます。この者がユダヤ人に捕らえられ、殺されようとしていたのを、わたし
は兵士たちを率いて救い出しました。ローマ帝国の市民権を持つ者であること
が分かったからです。そして、告発されている理由を知ろうとして、最高法院
に連行しました。ところが、彼が告発されているのは、ユダヤ人の律法に関す
る問題であって、死刑や投獄に相当する理由はないことが分かりました。しか
し、この者に対する陰謀があるという報告を受けましたので、直ちに閣下のも
とに護送いたします。告発人たちには、この者に関する件を閣下に訴え出るよ
うにと命じておきました。』」
 手紙の形式についてももちろんですけれども、内容についても、説明を一切
必要としないくらいまともです。
 問題があるとすれば、27節の後半で、事実は、「むち打ち」をしようとした
結果、パウロがローマ帝国の市民であることが分かったのに、ローマ帝国の市
民であることが分かって救った、と言っていることぐらいです。事実か、と問
われれば事実ではありませんが、「むち打ち」の省略は、自分を守るためであ
ると同時に、パウロを守るための方便、とも考えられます。
 ところで、ローマの千人隊長は、このクラウディウス・リシアさんと同じよ
うに、全員がまともだったのでしょうか。
 そうではありません。前総督クマノスが、サマリア人がきっかけで、トラブ
ルが起こったのに、不当にユダヤ人を弾圧した、という失政が明らかになった
とき、クラウディウス帝は正しい裁判に基づいて、つまり、事実を確認したう
えで、それにも拘わらず、ユダヤ人を訴え出たサマリア人を死刑に、前総督ク
マノスを流刑に、そして当時の千人隊長ケレルはエルサレム市中引き回しの後、
死刑に処せられているのです。
 リシアが、たまたま正しい判断ができる千人隊長であった、これが事実でし
た。
 さて、いよいよパウロのローマとの対決が始まりましたが、今日はほんのさ
わりの部分だけでした。しかし、ローマも「人次第」であることがすでに明ら
かとなってしまいました。「正当な裁き」、「正当な判断」をできる人は、
ローマの高官の中でも、決して多くはないのです。
 しかし、リシアのように正しい人もいる。そこを頼りに、足がかりとして、
キリスト教は伝道をしていきます。

(この項、完)



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