2017年07月02日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第72回「使徒言行録21章1〜6節」
(14/3/23)(その3)
(承前)

 たった1節で済ませていますが、パタラからティルスまでの航海は、大変に
長い航海です。当時の風のみが頼りの航海技術では、何日かかったのか、ある
いは、何か月かかったのか、想定困難です。それに、「五旬祭に合わせよう」
とのパウロの意識があったとすると、航海が、春、場合によってはまだ冬の内
から始まったことも考えられ、かなり厳しい航海であった可能性もあります。
地中海の航海が安全と言えるのは、6月〜9月半ばまでだけであったからです。
要するに、この航海で、無事にティルスに到着したことは確かとしても、途中
でかなりの困難があった可能性がありながら、著者はそれらに一切触れていな
い、ということです。
 航海中の出来事として、著者が唯一触れているのが、「キプロス島が見えて
きたが、それを左にして通り過ぎ」でした。「なんじゃこれは」です。直航便
なのですから、島が見えて来たって、それがキプロス島だろうが何だろうが、
通り過ぎて当たり前なのです。
 なぜ、著者は、長い、困難な航海の中で、こんな些細な出来事のみ記したの
でしょうか。
 この答えは、明々白々です。キプロスは、第一伝道旅行の主要伝道地です。
そこへ寄らなかったということは、パウロは、第一伝道旅行の時のパウロと違
う、ということです。あの時は、異邦人伝道とは言え、実は「ユダヤ人」頼り
でした。ユダヤ教頼りで、実はまだユダヤ教から抜け出せていませんでした。
しかし、今は違います。パウロは、異邦人教会を事実設立し、この成果をもっ
て、堂々とエルサレムに凱旋するのです。ゆえに、第一伝道旅行の象徴である
キプロスを通り過ぎる、という出来事、一見些細な出来事をこの航海中の「唯
一の特記すべき出来事」として著者は記したのです。
パウロの目は、そして心は、しっかりとエルサレムを見据えていたのです。
 そして今日のテキストの「残り」は、ティルスでの出来事となります。

4〜6節「わたしたちは弟子たちを探し出して、そこに七日間泊まった。彼ら
は“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して
言った。しかし、滞在期間が過ぎたとき、わたしたちはそこを去って旅を続け
ることにした。彼らは皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれた。
そして、共に浜辺にひざまずいて祈り、互いに別れの挨拶を交わし、わたした
ちは船に乗り込み、彼らは自分の家に戻って行った。」

 ここには、ティルスの港、町で起こった、ごく普通の出来事が記されていま
す。船は荷降ろしのために七日間港に停泊することとなりました。よほど大き
な船だったのでしょう。その間、パウロは泊まる場所として、教会が形成され
るに至っていたかどうかは不明ですが、「弟子たち」すなわちイエスを信ずる
者の集まりを探しました。そこで、主にあるよい交わりが与えられ、パウロは
結局は暖かく送り出されたのです。
 しかし、一つだけ「普通でないこと」が起こりました。
ティルスの「弟子たち」は、「“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないよう
にと、パウロに繰り返して言った」ということです。
 問題は、この“霊”が聖霊なのか、悪霊なのか、ということです。もし聖霊
であるとすると、それは20:22、23と矛盾しますので、ややこしい説明が必要
となってきます。
 著者は“霊”としか書いていないので、断定はできないのですが、私は、
ティルスの町が、「神に逆らう町」としての歴史を抱えて来たこと(エゼキエル
27章)を鑑みて、悪霊ではないか、と考えています。悪霊がイエスを信じる者の
中にも入り込んでいたのです。
 しかし、悪霊であったとしても、悪霊も“霊”ですので、真実を、聖霊とは
違った角度から、もっとはっきり言えば、裏から証明するのです。イエスを
真っ先に証したのは、実は悪霊でした(マルコによる福音書1:21以下)。
 悪霊は、パウロがこれからなそうとしている業が実に栄光に満ちたものであ
るか、をいかに多くの困難が待ち受けているか、という形でティルスの信徒た
ちに知らせたのです。信徒たちは、その一面だけを知っておののき、パウロに
訴えざるを得なかったのです。
 しかし、悪霊が働く、ということは、聖霊の大きな働きがある証拠です。よ
り大きな困難の中に、神の救済の歴史の新たな1ページが開かれよう、として
いることをパウロは確信をもって受け止めたのではないでしょうか。
 その栄光と困難の内容については、次回以降に触れることとなります。
が、私たちは、ここで「狭き門から入れ」との御言葉の、真の意味を新たに受
け止めたいものだ、と思います。

(この項、完)



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