2017年06月25日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第72回「使徒言行録21章1〜6節」
(14/3/23)(その2)
(承前)

 しかし、教会自身も、その活動を維持するためには、多くのお金が必要です。
また、礼拝がきちんと守られるためには、その場所を整えるためにお金をかけ
る必要があるのではないでしょうか。
 ここで、イエスの言葉を用いてパウロが指示していることは、それらの教会
自身の働きのためにお金を用いることを一切否定するものなのでしょうか。
 そうではありません。パウロは、教会が自己自身のために、富を蓄積するこ
とを戒めているのです。現代の言葉で言えば、教会は株式会社ではなく、公益
法人であれ、ということなのです。パウロは、実は、その後の教会の予算案の
組み方まで指示して、エルサレムへの、いや、天への道を出発したのでした。
 本筋に戻って、いつものように振り返りから始めることといたしましょう。
そもそもパウロはなぜエルサレムへ行くことを願ったか、というところから話
を始めますが、それは、イエスに倣う者として、キリストに倣って「王の凱旋」
をするためでした。つまり、死を覚悟してのエルサレム行でした。
 だとすると、イエスに倣って訣別説教がなくてはなりません。ミレトスでの、
エフェソ教会の長老へのメッセージが、パウロの訣別説教だったのです。訣別
説教の中心は、何と言っても、師亡き後の使命の付与、パウロの場合には、
「長老(プレスビュテロイ)」たちに、「監督(エピスコポイ)」の使命をも与え
ることでした。これで、パウロ亡き後の教会の霊的指導も大丈夫です。
 しかし、師亡き後に使命を付与された者にとっては、「助け」が必要です。
ここが、イエスとパウロとでは違っていまして、イエスの場合には「聖霊の付
与」でしたが、パウロの場合には、主に従う者同士として「パウロと共に神に
頼ることによって、「助け」を得る」との指示を与えることでした。
 最後に、パウロの場合には、これもイエスと違って、「長老(プレスビュテ
ロイ)」独自の働きとして、教会の経済の管理の仕事の指示が与えられました。
本日前半で詳しく述べた通りです。
 これで、訣別説教を終え、パウロとエフェソ教会の「長老(プレスビュテロイ)」
とは、別れを告げることとなったのですが、その別れはつらかったようです。
36〜38節は、その別れのつらさが満ち満ちていますが、その別れのつらさは、
21章1節まで尾を引くこととなりました。
 1節は、「わたしたち(使徒言行録の著者もフィリピから同行していますの
で「わたしたち」となります)は人々に別れを告げて…」と、さりげなく訳さ
れていますが、この「別れ」は生易しいものではありませんでした。原語は
「アポスパーン」という語で、「切り裂く」と言う意味です。新約聖書では4
回しか使われていません。マタイによる福音書26:51では、イエスを捕らえに
来た兵卒の耳を、弟子の一人が切り落としたとき、文字通り「切り裂く」の意
味で、使われています。ルカはこの語を、人と人との関係で用いていますが、
その意味するところは、強烈な人間関係の分断です。使徒言行録でもう1箇所
だけ用いられています。20:30です。教会内で分派活動をする輩が、教会内の
人間関係をずたずたに引き裂いて行くさまが、この語を用いて、実は描かれて
いたのでした。
 要するに、パウロのエフェソ教会の「長老(プレスビュテロイ)」との別れは、
心も体も引き裂かれるような、切ない別れだったのです。
 しかし、パウロは、その後ろ髪惹かれる思いを振り切って、出帆しました。
なぜでしょうか。それは、エルサレム行が、パウロ自身の思いによるのではな
く、聖霊の導きによるものである、と確信していたからです。この「聖霊の導
きによる」が、本日のキーワードとなります。
 航海の最初は順調でした。コス島に渡り、コス島は、ほんとに余談の余談で
すが、ヒポクラテスが医学校を開いた場所ですが、次の日ロドス島に着き、パ
タラに渡って、そこで、長距離航海用のフェニキア行の船に乗り換えたのです。
ほんとに順調でした。とは言え、巻末地図で見ていただければわかるとおり、
まだ、沿岸沿いをうろちょろしていただけのことではあったのですが…。
次に、パウロ一行は、フェニキアのティルスへ直行しました。

3節「やがてキプロス島が見えてきたが、それを左にして通り過ぎ、シリア州
に向かって船旅を続けてティルスの港に着いた。ここで船は、荷物を陸揚げす
ることになっていたのである。」

(この項、続く)



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