2016年11月13日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第58回「使徒言行録18章18〜23節」
(13/12/8)(その2)
(承前)

 どうして、せっかく、やっとシナゴグから独立して、自由にキリストの福音
を宣べ伝えられるようになったのに、こんなひどいことが起こるのでしょうか。
それは、律法から自由になった途端、キリストの福音で満たされるのではなく、
異邦人社会の悪い悪い風習がそのまま、何らのチェックもなく入り込んでし
まったからなのです。「コリント教会のひどさ」については、コリントの信徒
への手紙の講解説教に取り組む機会が与えられるならば、詳しく触れて行きた
い、と思います。
 それはさておき、使徒言行録では「コリント教会のひどさ」については一切
触れられていません。それは、「コリント教会のひどさ」がパウロの一方的な
思い込みによるものであることを意味するのではありません。ルカは、パウロ
がコリント教会の問題に、「手紙を出す」以外の方法でも取り組んでいたこと
を、この次の二つのセクション、24〜28節、19:1〜7でも触れているのです。
詳細は、そこで触れることといたしましょう。
 よって、なおペンディングの課題を残しつつも、パウロは異邦人伝道を先へ
進めなければなりません。ギリシア本土での伝道を終了したパウロは、一度ア
ンティオキア教会へ帰って、態勢を整えねばなりません。つまり第二伝道旅行
を終了し、次の伝道旅行、第三伝道旅行へ備えねばなりません。今日の記事は、
その間の出来事をあわただしく記した部分です。しかし、あわただしい記事、
つまり説明が省略された記事であるにも関わらず、疑問点が少なくとも4つあ
ります。4つの疑問点を提示しながら話を進めててまいりましょう。
 まず第一の疑問です。パウロは、最終的にはアンティオキアへ向かうため、
コリントの教会の人々に別れを告げ、コリントの東側の港ケンクレアイから船
出しました。エフェソまでは、プリスキラとアキラが同行します。ところが18
節によれば、このケンクレアイでパウロは誓願を立てて、髪の毛を切った、と
いうのです。
 第一の疑問の第一は、文法的に言えば、この髪を切った人がアキラである、
とも読めるということです。仮にそうだとすると、アキラは何の誓願を立てて
いて、なぜここケンクレアイで髪の毛を切ったのでしょうか。アキラはユダヤ
人ではありますが、ギリシア世界で生まれ育った人です。ここでなした誓願は
「ギリシアの慣習」としての誓願である可能性が高い、と言えます。ギリシア
では、困難を乗り越えたとき、たとえば船が難破を免れたときなど、髪の毛を
剃って喜んだとの記録があります。コリントでの伝道は、いや、教会形成は、
アキラにとっても緊張の連続で、それが一段落して、「ほっ」と一息ついたの
かもしれません。ケンクレアイで、一行が一仕事終えた安堵感と感謝に満たさ
れている様子が目に浮かぶようです。
 しかし、古来多くの注解者が、そしてテキストが読んできたように、ここで
誓願を立てたのがパウロである、と読むとすると、その解釈は、実は困難を極
めます。パウロの場合、その誓願は、ユダヤ教伝統の「ナジル人」の誓願以外
ではありえません。「ナジル人」の誓願については、民数記6:1〜6に詳しく
記されています。主に特別の誓願を立てた者は、聖なる者とみなされ、ブドウ
の実から取った物を一切飲み食いせず、死体に触れず、そして頭にカミソリを
当てないのです。ご存知の方も多いと思いますが、旧約ではサムソン、そして
新約ではおそらくバプテスマのヨハネがこの誓願をしていました。
 パウロの場合について、困難の第一は、ここでパウロが、カミソリを当てる
のをやめたのではなく、髪を剃ったことです。誓願の終わりとしか考えられな
い。これから誓願をするにあたって、その開始のしるしとして髪の毛を剃った
のだ、とする解釈もありますが、その証拠、実例がどこにもありません。だと
すると、それ以前に誓願を立てたことになりますが、使徒言行録によるかぎり、
パウロはこの時点まで誓願を全く立てていません。困り果てた結果、通説と
なっている解釈は、「ここでパウロは髪を剃ることによって自分がユダヤ人で
あることを証した(カルヴァン)」です。が、「髪を剃ること」がユダヤ人であ
ることの証しとなる、という証拠は全くありません。
 私は、ここは、原文に素直に、「アキラが髪を剃ることにより、皆の無事を
喜んだ。心から喜んだ」と解釈すべきであろう、と考えます。しかし、喜ぶの
はまだ早い。パウロには更なる困難が待ち受けています。そして、私たちにも
解釈困難な記事が続きます。

(この項、続く)



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