2016年10月30日
〔使徒言行録連続講解説教〕
第57回「使徒言行録18章12〜17節」
(13/12/1)(その2)
(承前)
コリントに入ったパウロは、アキラとプリスキラという信仰の友を得て、何
にも増して嬉しかったことは、仕事と住居を得ることができたことでした。こ
れで、本当の異邦人伝道に不可欠の「シナゴグからの独立」の経済的条件は整
えられたのです。しかし、まだ建物がありません。本当には独立できていませ
ん。
そんな時、パウロらがシナゴグから追放される、という出来事が起こりまし
た。厳しい出来事ではありましたが、逆に、この出来事を通して、会堂の隣の
ティオティオ・ユストという人の家が与えられ、キリスト教は「シナゴグから
の独立」を果たすことができたのです。
しかし、「シナゴグからの独立」はもろ刃の刃でした。「教会派」は「信教
の自由」をも失いかねなかったのです。
シナゴグ派としては、「教会派」の「信教の自由」を奪いたい一心ですが、
さてどうなることでしょうか。ユニウス・ガリオ・アンナエウスの判断が待た
れます。
14〜17節「パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって
言った。『ユダヤ人諸君、これが不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、
当然諸君の訴えを受理するが、問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するも
のならば、自分たちで解決するがよい。わたしは、そんなことの審判官になる
つもりはない。』そして、彼らを法廷から追い出した。すると、群衆は会堂長
のソステネを捕まえて、法廷の前で殴りつけた。しかし、ガリオンはそれに全
く心を留めなかった。」
ガリオンの判断はこうです。
まず、不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、審判の対象となる、とい
うのです。不正な行為とは何か、と言えば、意図的なしかしあらかじめもくろ
まれたのではない不法行為のことを言います。「悪質な行為」と訳されていま
すが、原文は少しニュアンスが違っていて、詐欺ですとか、不真実表示のこと
を言います。どちらも、アリストテレスの二コマコス倫理学などによって「悪」
と規定されているものです。たとえ宗教団体ではあっても、不法行為や詐欺は
許しませんよ、という訳です。どこかの宗教団体のように、殺人・暴力が宗教
の名の下に行われたとすれば、それが決して容認されないのはもちろんのこと、
不法行為や詐欺も決して大目には見ませんよ、という訳です。このガリオンの
発言を、「面倒なことに立ち入らない」姿勢と受け止めた方もいらっしゃるか
もしれませんが、そうではありません。
しかし、一方、宗教の「教えとか名称とかその宗教独自の律法」に関するト
ラブルには、干渉しません、という訳です。
「教え」と訳されていますが、原文はロゴスです。「ロゴス」とは、「言葉」
の意味ですが、ギリシア人にとっては、ロゴスとは、「言葉」は「言葉」でも、
その言葉の持つ本質を指す意味をもっていました。ですから、ここでは「教義」
という意味になるか、と思われます。
しかし、宗教の「名称」って何でしょうか。キリスト教とか、ユダヤ教とか、
そういう名称でしょうか。そして、宗教の「名称」の争いというと、「私が本
山」「いや、私が本山」というそういう争いでしょうか。私たちはそう連想し
てしまいがちですが、どうもそうではないようです。原語の「オノマ」は確か
に「名称」「名」という意味ですが、プラトンは「言葉、語られた言葉」の意
味で使っています。だとすると、こちらを「教え」と訳した方がよさそうです。
そして、律法は、教義や教えに基づいた「決まり」ですから、ここでガリオ
ンは「信教の自由」を最大限認めつつ、不法行為を決して許さない、という
「世の裁判官はこうあってほしい」典型のような、素晴らしい判断を示したの
です。さすがセネカの兄です。
キリスト教としては、今は無事に難関をやり過ごした、とほっとしているか
もしれません。が、キリスト教について言えば、あくまでも「ユダヤ教の一分
派」としてしか見られておらず、その存在は歯牙にもかけられていない、とい
うことも明らかとなってしまったのです。これから、まず認知され、認知され
れば、抵抗、迫害も激しくなるでしょう、その上で「信教の自由」の獲得を目
指す、というとてつもなく長い、そして国難な戦いが待っているのです。
しかし、一方、ユダヤ教についても、一応「信教の自由」は認められている、
とはいえ、保護される存在ではない、ということが明らかとなってしまいまし
た。17節を見ると、ユダヤ教に対する民衆の、いやガリオン自身も思いは同じ
であったかもしれませんが、反感が根深いものであることがうかがわれるので
す。これからは、キリスト教はユダヤ教に頼らずに伝道していかねばならない
こともまた明らかとなりました。
(この項、続く)
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