2016年09月18日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第54回「使徒言行録17章32〜34節」
(13/10/27)(その2)
(承前)

 パウロも旧約聖書を信じているはずなのに、どうしてかくのごとき大胆な発
想が可能になったのか、という点については先週も触れました。ひとえにイエ
ス・キリストの恵みによるものです。イエスご自身、神であられるのに、人と
なられました。そして、十字架と復活による贖いの完成によって、すべての人
に「神の子」となる道が開かれたのです。パウロは、「演説」ないし「弁論」
のしめくくりにおいて、イエスの名は出さずとも、自分の「イエス・キリスト
への信仰」をちゃっかり告白して見せたのです。
 さて、肝心のアテネ人の反応ですが、ここから本日のテキストに触れること
となります。
 32節によれば、アテネ人の反応は、一方での「あざ笑い」と、一方での「そ
のことについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」という反応でし
た。これは、「良い反応」だったのでしょうか、あるいは、「悪い反応」だっ
たのでしょうか、そして、これらの反応はそもそも一体何を意味しているのか、
ルカの記述だけでは全く分かりません。まずその点を明らかにしてまいりま
しょう。
 パウロの「演説」ないし「弁論」の第一部、第二部を聞いた限りでは、アレ
オパゴスの反応は否定的、もしこの場が裁判の場であったなら、死刑に傾くも
のであった、と考えられます。かつてソクラテスがそうであったように、そし
て、ユダヤ教の伝道者がそうであったように、です。
 しかし、第三部を聞いて、アレオパゴスの反応は、ガラッと変わったのでは
ないでしょうか。なぜなら、第三部の議論はアテナイ人にとって「なじみ」の
ものだったからです。神は人間と似た方でいらっしゃるから、「像」を持って
拝むのは間違いである、という考え方は、ギリシアの中にもあったのです。た
とえば、セネカ、ルクレティウス、プルタークなどです。もちろん、これらの
考え方にも賛否があったことと思いますが、それでも、この議論はギリシア人
にとって「なじみ」の議論だったのです。
 よって、アレオパゴスは、「他国の神の議論だから排斥せよ」といった感情
的反応ではなく、第三部については、パウロの話を聞いた上で、「うん、その
とおりだ。やはり偶像礼拝はよくない」と考える賛成派と、「いや、私はそれ
でも偶像礼拝はよいと思う」という反対派とに分かれ、パウロは、少なからぬ
賛成派を得たのではないでしょうか。
 しかし、最後にパウロが、「神は人間に似た者である」との議論の根拠とし
て、イエスの死と復活とをあげたことについては、反対派はもちろんのこと、
賛成派もそこまではついて行けませんでした。なぜなら、「死者の復活」につ
いては、当時のギリシアにはそれに対応する考え方が全くなかったからです。
そこで、死者の復活について反対派は「あざ笑い」という反応を示すこととな
りました。第三部のパウロの議論は賛成ではないが分かるのです。しかしその
根拠がこれでは…と、バカにしたわけです。もっと勉強して出直してこい、と
いう訳です。
 賛成派は、偶像礼拝否定の根拠に興味を示しています。しかし、復活につい
てはすぐには理解できないのです。復活について自分なりの判断をする以前な
のです。それで「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」
と言ったのです。翻訳はずいぶんそっけない訳を採用しています。しかし、原
文を見ると「聞かせてもらうことにしよう」と訳されている部分、単純な未来
形でして、将来聞く機会を「必ず」持つ、という明確な意思を示しています。
パウロはこの「演説」ないし「弁論」をもって、偶像礼拝否定論を受け容れる
人を作り出したばかりではありません。復活について心を開く人をも作り出し
たのです。パウロの「あっと驚く大逆転劇」は大成功を収めたのです。
 だとすると、33節の「それで、パウロはその場を立ち去った。」という記述
は不思議です。しかし、特記さるべき何の反応もなく、パウロがおそらく「悠
然と」この場を去ることができたのは、この場が「裁判の場」であった、と前
提するときに初めて起こりうる反応です。パウロが「異なる神々を導入しよう
とする者」ではないか、という嫌疑は晴れ、彼は堂々と裁判所を後にすること
ができたのです。
 こうして、パウロの議論は、賛成反対にかかわらず、ギリシア世界に受け入
れられ、位置づけられたのです。賛成派の中からは、復活についても理解を示
す、つまりイエス・キリストを信じる者が与えられました。ディオニシオとダ
マリスという二人の人の名が残されています。しかもディオニシオはアレオパ
ゴスの議員、裁判官であったのです。
 アテネ伝道は、失敗などではなく、キリスト教がギリシア世界で市民権を得
ることができた画期的な出来事だったのです。

(この項、完)



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