2016年07月10日

〔使徒言行録連続講解説教〕

〔使徒言行録連続講解説教〕
第50回「使徒言行録17章1〜9節」
(13/9/29)(その2)
(承前)

 パウロが形成した教会の中で、コリントやガラテヤの教会が多くの問題を抱
える中で、フィリピの教会はパウロの働きをよく支えました。それは、フィリ
ピの信徒への手紙に明らかです。この素晴らしい牧会の陰に、ルカの見えない
働きがあったのかもしれません。「(本物の)異邦人伝道」「ローマ伝道」の
進展と共に、多くの隠れた働きも必要となってくるのです。
 さて、ルカに代わってだれが目撃証人になったのかそれは分かりませんが、
テモテの可能性もありますが、いよいよ「(本物の)異邦人伝道」「ローマ伝
道」の第二弾、テサロニケ伝道が始まりました。フィリピから出発して、エグ
ナティア街道を下る彼らが通過したとされるアンフィポリスとアポロニアにつ
いてですが、このうち、アンフィポリスは、マケドニア第一区の首都でした。
しかもアテネの植民地でした。なぜこのような主要都市を通過してテサロニケ
を目指したのか、その理由は、フィリピが第一の伝道地として選ばれた時と同
じです。テサロニケも植民都市、ローマによって造られた町だったのです。
よって、一行は、フィリピ伝道で習得した「「(本物の)異邦人伝道」「ロー
マ伝道」の四つのパターンを試す、確認する機会をテサロニケで得ることと
なったのです。
 しかし、テサロニケには、フィリピとの大きな違いがありました。そこは、
植民都市にして「自由都市」であったため、商業が盛んで、ギリシア本土にも
拘わらず多くのユダヤ人が住んでおり、大きなユダヤ教の会堂(シナゴグ)ま
で存在していた、ということです。
 ゆえに、パウロの伝道は、「(本物の)異邦人伝道」「ローマ伝道」とは
言っても、小アジア地域での、第一伝道旅行のときの方法がとられることとな
ります。すなわち、まず、福音はシナゴグで語られます。ユダヤ人の中から改
宗者、イエスを信じる者が与えられます。そして、ギリシア人の中で「神をあ
がめる人」、すなわちユダヤ教に関心を示している人の中からも改宗者が得ら
れるのです。もちろん、改宗者が与えられるということは大変なことであり、
大きな喜びでありますが、あくまでも、旧約聖書の教えに生きている人、ある
いは知っている人の中からだけ、改宗者が与えられる、ということなのです。
よってテサロニケ伝道の成果はこの範囲にとどまったかのように見えます。偶
像礼拝からの解放や、「悪霊祓い」は行われていません。
 しかし、この場にルカがいなかったせいなのかどうか、叙述がリアルでない
ので分かりにくいのですが、ルカは、4節の後半で、さりげなくテサロニケら
しい、ローマの都市らしい伝道も行われたことを伝えています。この点につい
て少し説明しましょう。
 翻訳では、「神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦
人たちも同じように二人に従った。」とされています。ところが「従った」と
訳されている語、原文では「アぺルコマイ」など、文字通り「後をついて行く」
という意味の語ではなく、「プレスクレーロオー」という語が使われているの
です。「プレスクレーロオー」という語は新約聖書でここでしか出てこない語
です。そしてその意味は「くじで割り当てる」という意味です。わたしはこの
語を辞書で引いて、一瞬引き間違えたか、と思いました。翻訳はもちろん意訳
なのですが、文脈からして、あるいは新約聖書以外の用例からして、ルカはこ
こで「回心」のことを言っていると思われるのです。
 「回心」について、私たちは、それはその宗教について、勉強に勉強を重ね
て、それでおこるものだ、と思っています。でもルカはこの語を使って「そう
ではない」ということを言っているのです。知識があろうがなかろうが、それ
とはかかわりなく、「回心」は神が起こされるものなのだ。というわけです。
 ルカはここ、4節後半で、この語を使って、ここテサロニケでも、いかにし
てかは不詳ですが、「神」も「律法」も知らない、真の異邦人の改宗が起こっ
たことを伝えているのではないでしょうか。
 さて、こうして多くの成果を上げたテサロニケ伝道でしたが、迫害も起こり
ました。そして、その迫害は、ユダヤ人も絡んでいたため、複雑な様相を呈す
ることとなりました。

(この項、続く)



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