2015年02月01日

〔使徒言行録連続講解説教〕

第15回「使徒言行録6章8〜15節」
  (12/12/16)(その2)
(承前)

 ここは、原文のテキストのいくつかの読み方が可能なところです。新共同訳
(現行訳)の読み方のほかに、協会訳では「いわゆる『リベルテン』の会堂に属
する人々、クレネ人、アレキサンドリア人、キリキヤや、アジアからきた人々」
と訳していますし、そのほかの訳も可能です。キレネ(クレネ)は、今のチュニ
ジアにある町です。アレクサンドリア(アレキサンドリア)はエジプト、キリキ
ア州(キリキヤ)、アジア州(アジア)は、小アジア、いまのトルコにあった州で
す。そして、「解放された奴隷」ないしは「リベルテン」とは、紀元前63年に
パレスチナがローマによって占領された時に、奴隷とされ、後に解放されたユ
ダヤ人ないしはその子孫のことです。これらの人々ないし地域に住むユダヤ人
が、再びエルサレムに居を構え、グループごとに一つないしいくつかのシナゴ
グを造りました。(幾つのシナゴグを造ったと解釈するか、で訳が分かれるの
ですが、)そして、ユダヤ教に精進しました。シナゴグは本来は、エルサレム
神殿に参詣するのが難しい地方において発達したものですが、このようなシナ
ゴグもあったのです。エルサレムにおけるシナゴグの存在は、1913年から14年
にかけての発掘で確認されました。こうしてその頃のエルサレムには、たくさ
んのヘレニスト(ギリシア語を話すユダヤ人)が住んでいました。ステファノも、
そして教会の中のヘレニストメンバーも、もともとはその一員であって、そこ
から教会の一員となった人たちでした。そして、ステファノをリーダーとする
新しい教会は、自分たちの出身母体であるヘレニスト集団から迫害を受けたの
です。
 なぜでしょうか。それは、使徒言行録には、それについての記述は一切あり
ませんが、異邦人伝道に向けて一歩踏み出した教会の活動が、ユダヤ教徒によ
る異邦人伝道とぶつかることになったからです。ユダヤ教徒、すなわちヘレニ
ストによる異邦人伝道は、ローマの信徒への手紙講解説教で触れたとおり、か
なり大規模に行われ、そしてかなりの成果をあげました。教会は、まさにそれ
に対抗して、新たな伝道、先走って言えば、異邦人に割礼を強要しない伝道を
開始しようとしています。まだ、実際にはその伝道に踏み出していない教会で
すが、先制攻撃を食らったのです。逆に言えば、ステファノをリーダーとする
教会は、ツボを押さえた伝道を目ざしていたのでした。
 第二に迫害の内容です。迫害はサンヒドリンへの訴追という形を取りました。
サンヒドリンへの訴えの内容は、ステファノをリーダーとする教会が、@「モー
セと神を冒涜する(11節)、」A「聖なる場所と律法をけなす(13節)、」B「あ
のナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変え
るだろう、と言っている(14節)」の三点でした。訴えですから、事実とは異な
ることを言うこともあるでしょう。7章に記録されたステファノの説教におい
て、ステファノはモーセや律法を決してけなしてはいません(7:38)。しかし、
イエスは、確かに安息日律法を破られ、「人の子は安息日の主である(ルカ6:5、
マルコ2:28)」と言われました。また、聖なる場所、神殿に関しては、確かに
神殿崩壊を予告されました(マルコ13:1-2、ルカ21:5-6)。敵意によるうそを差
し引いたとしても、ステファノをリーダーとする新しい教会は、イエスに文字
通り倣って、律法と神殿礼拝に囚われない、すべての民に開かれた新しい神の
国の教会の時代の到来を宣教していたのではないでしょうか。
 よって、ステファノをリーダーとする教会には、イエスと同じ「運命」が待
ち受けていました。その通りとなりました。しかし、異邦人伝道を担う、「神
の国の教会」は、ステファノの教会を起点とし現実のものとなったのです。
 ルカは、ここで重要な一言を添えています。

15節「最高法院の席に着いた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさな
がら天使の顔のように見えた。」

 本日の旧約書、出エジプト記34章を髣髴とさせる記事です。ルカらしい表現
ですが、ステファノ及び、彼をリーダーとする教会が、神のみ心に適うもので
あったことを、この表現をもって表現しているのです。
 一方、十二使徒をリーダーとするエルサレムの教会本体はどうでしょうか。
確かに、復活のイエスに出会い、聖霊を受け、新たな出発をしはしました。し
かし、律法を守り、神殿礼拝を欠かさないユダヤ教体質はそのままです。日曜
日に礼拝を守っていたか、それも定かではありません。律法と神殿礼拝から自
由な、すべての民に福音を伝える「神の国の教会」にはまだまだの体質を今後
も継続していくこととなります。教会の第二期を迎え、世界の教会となるため
に、エルサレム教会の悔い改めが求められています。

(この項、完)



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