2012年07月29日

〔マルコによる福音書講解説教〕

第86回「マルコによる福音書16章1〜8節」
(11/4/24)(その2)
(承前)

 イエスは、十字架上で無残な死を遂げられたばかりでなく、そのご遺体まで
もさらし物にされるのでしょうか…。この危機を救ったのが、アリマタヤのヨ
セフという人物でした。明らかにユダヤ教のラビであるこの人は、ユダヤ教の
立場からではありますが、神の国を待ち望み、ラビの立場にありながら、密か
にイエスに思いを寄せていたようです。この危機に「自分が埋葬しよう」とい
うことで立ち上がり、十字架刑に処せられて刑死した囚人にゆるされた唯一の
埋葬方法、「自分の家族の墓に埋葬する」に合致するよう、自分の家族の墓を
提供し、しかも、わずかな時間の間に、ピラトに願い出て遺体を引き取り、さ
らに亜麻布で包んで丁重に葬るところまで、まさに神業のごとくにして仕上げ
てしまったのです。アリマタヤのヨセフについての評価、この出来事の持つ意
味については繰り返しませんが、こうして、イエスのご遺体は何とか無事に埋
葬されて、安息日を迎えました。
 安息日の間、金曜日の日没から土曜日の日没までは、人々は何の業をもなす
ことができず、安息日明けである土曜日の夜を迎えました。しかし、安息日が
明けた、とは言っても、夜の間の仕事は困難ですから、夜が明けてから、遁走
してしまった男性の弟子に替わって、今まで表舞台に出てくることのなかった
女性の弟子の中の三人が動き出しました。
 この三人の中、マグダラのマリアは、イエスの十字架をも、埋葬をも見守っ
てきた、まさに女性の弟子の中心です。サロメは、十字架の時には見守ってい
ました。ヤコブの母マリアについては、十字架に際して小ヤコブとヨセとの母
マリアという人物がいましたし、埋葬を見守った人物の一人がヨセの母マリア
でしたので、この三者が同一人物の可能性があります。しかし、いずれにせよ、
十字架と埋葬をきちんと見守ったマグダラのマリアを中心に、三人の女性の弟
子がイエスの埋葬場所にやってまいりました。何のためでしょうか。それを正
しく把握するためには、十字架刑で刑死した人についての当時の埋葬方法を、
もう少し詳しく知る必要があります。
 1968年のことです。エルサレムで紀元後1世紀に造られた納骨堂が発掘され
ました。この納骨堂の発掘によって、それまで実は詳細は不明であった十字架
刑のあり方ばかりでなく、十字架刑で刑死した囚人の埋葬方法についてもより
詳しいことが分かってきたのです。そこに納められた骨の中に、ヨハナンとい
う人物の骨がありました。が、その右のかかとの骨には、何と、鉄の釘が木片
と共にはめ込まれていたのです。ヨハナンは十字架刑で刑死した囚人だったの
です。ヨハナンの体(遺体)は、十字架から降ろされた後、きれいに洗われ、塗
油されました。そして亜麻布に包まれ、墓所へ納められました。それから一年
後、遺体が白骨化したころ、骨は石灰石でできた箱に入れられ、納骨堂に納め
られ、ヨハナンの名が刻まれたのです。
 アリマタヤのヨセフも、マグダラのマリアも、ヨハナンがそうされたような、
ユダヤの埋葬方法に従って、イエスを丁重に葬りたい、と心から願ったに違い
ありません。しかし、なんとしても時間が足りません。ご遺体を洗い、亜麻布
でくるみ、墓所に納めるところまではできました。しかし、塗油ができません
でした。それで、安息日が明けたその朝に、何とか「軟膏」を用意して売って
くれるお店を探し出し、そしてやっとの思いで入手した軟膏を持って、朝、墓
へ行った、という次第である、と考えられます。
 こうして、「これでイエス様もやっと浮かばれるわ」とほっとしつつ、墓に
たどり着いてみますと、彼女たちの予想だにしない出来事が起こっており、結
局、塗油、イエスの葬りは完成しなかったのであります。

 3〜8節「彼女たちは、『だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょ
うか』と話し合っていた。ところが、目を上げてみると、石はわきへ転がして
あった。石は非常に大きかったのである。墓に入ると、白い長い衣を着た若者
が、右手に坐っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言っ
た。『驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜
しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納
めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。「あの方
は、あなたたちより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこで、
お目にかかれる」と。』婦人たちは墓を出て逃げ去った。そして、だれにも何
も言わなかった。恐ろしかったからである。」

 彼女たちの関心は、イエスの葬りを全うできるかどうか、ということでした。
それで、石をだがとりのけてくれるかを心配していたのです。ところが、墓に
ついてみると、石はすでにとりのけられてありました。彼女たちの心配は一掃
され、そして実は葬りの完成という目的自体も必要なくなっていたのです。そ
して、彼女たちだけが見る事がゆるされた二つの事態が進展していました。一
つは、そこに白い長い衣をまとった若者がいるのを見た、ということです。白
い衣とは、「天的存在」のしるしです。

(続)



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