2012年04月08日

〔マルコによる福音書講解説教〕

第77回「マルコによる福音書14章1〜11節」
(11/03/06)(その3)
(承前)

 このある人々を、マタイ26:8では弟子たちと解釈しています。が、弟子たち
に、律法を正しく解釈し、提案する能力があったでしょうか。ありませんでし
た。弟子たちの実態は、神の国の十二部族のリーダーに任命されたにもかかわ
らず、使命を自覚せず、ぼんやりしているという状態だったからです。律法に
ついて「正しい」判断ができるのは、律法学者だけです。律法学者も神の国の
教会の一員として招かれているには変わりありませんから、そこにいたのでは
ないでしょうか。
 しかし、イエスは言われました。

6-9節「イエスは言われた。『するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困
らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなた
がたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたし
はいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つま
り、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っ
ておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも
記念として語り伝えられるだろう。』」

 イエスの言葉は、弟子たちに対してではなく、律法学者に対して語られたと
考える時、より明確になってきます。施しが隣人愛の業としてもっとも大切な
ものであることは、イエスも認めるところです(10:21)。一方、この女性の行
為そのものは、愛情あふれる行為ではあるとしても、律法の観点からすれば、
300デナリオン分の施しを犠牲にしてまでなされるべきものとは、到底言いが
たいのです。
 しかし、律法の観点からではなく、イエスは今、ご自身の十字架の死をもっ
て神の国、神の支配を完成しようとしておられる、との観点に立つならば、そ
のイエスの十字架に仕えること、それがまず第一になすべき大切なことになる
のではないでしょうか。イエスの十字架の死の後、直ちに女性たちが、イエス
の死体に香油を塗りに出かけて行きました(16:1〜)。この行為が、イエスの十
字架に仕える行為として用いられ、結果として、女性たちは真っ先に復活のイ
エスに出会い、神の国の完成を目の当たりにすることとなりました。14章のこ
の時点では、この「一人の女」は、イエスが十字架に架かられることになろう
とは、思ってもいなかったことでしょう。彼女のつもりとしては、愛情の域を
出ることはなかったかもしれません。しかし、彼女の行為は、十字架のイエス
への塗油という点において、評価されたのです。ゆえに、この物語の伝えるメッ
セージは、「律法にまさる愛情」ではなく、『律法に勝る十字架』なのです。
 期せずして十字架に仕えることとなった彼女には、福音、すなわち神の国の
完成に与る道が開かれました。しかし、イエスが語りかけられた律法学者を始
めとして、この出来事が語られるすべての人にも、神の国の完成に至る道は開
かれているのです。神の国は、すべての人に開かれているのです。

(完)


第78回「マルコによる福音書14章12〜17節」
(11/03/13)

 12節「除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに
『過越の食事をなさるのに、どこに行って用意いたしましょうか』と言った。」

 サンヒドリンの議員の一部、そして十二人の一人、の双方で、イエスの殺害
計画が水面下で進行する中、過越祭すなわち除酵祭の一日前となりました。
 過越祭と除酵祭、すなわちパスカとアズマが一連の祭りとして祝われてきた
ことは先週学んだとおりですが、12節には「除酵祭の第一日」と書かれている
のに、なぜ、「除酵祭の一日前」と今私が言ったのか、疑問に思われた方も多
いことでしょう。その問いに答えるために、そもそも過越祭(パスカ)と除酵祭
(アズマ)とは何か、というところから入ってまいりましょう。
 パスカそしてアズマは、本日の旧約書、出エジプト記12:1-28などに基づいて
守られる祭りです。イスラエルは、前半12:1-13を「パスカのために小羊を取り
分けて、殺すべきこと」を定めた規定として、後半12:14-20を「種入れぬパン
と、パン種及びパン種が入ったもののタブー」の規定として受け止めてきまし
た。何ゆえそのような祭りをするのか、という点については、パスカについて
は21-28節で、アズマについては、少し先ですが、12:37-39が指針となりまし
た。すなわち、パスカに関しては、主なる神が、エジフトに対して加えられた
最後の災い、「主がエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジフトの
国のすべての初子を撃つ(12:12,23)」という災いに対し、「イスラエルは小羊
の血を二本の柱とかもいに塗ることによって救われた(13,27節)」との故事に、
アズマに関しては、「イスラエルがエジプトから脱出する時、急いで慌しく出
発したので、パン種を入れないパン菓子を焼いた(12:39)」という故事に由来
する、とされます。つまり、出エジプトに際し、神がイスラエルに与えてくだ
さった大いなる恵みを思い起こす祭りでした。

(続)


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