2012年03月04日

〔マルコによる福音書講解説教〕

第75回「マルコによる福音書13章21〜27 節」
(11/2/20)(その2)
(承前)

 21〜23節「…選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなた
がたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。」

 イエスの神殿崩壊の予告に引き続く説教の部分の講解の四回目です。もっと
も、イエスの説教そのものは、一気に語られたものだったかもしれません。
 振り返ってみますと、イエスに神殿崩壊を予告された四人の弟子たちは、
「そのようなことは、いつ起こるのですか?」ということだけが関心事でした。
が、イエスは、まず第一段落において、神殿崩壊が、神の国、神の支配が実現
される終末の出来事に伴う苦難の一環であり、その最大のものであることを告
げられました。
 第二段落においては、この苦難は、神の国の教会を産み出すための苦難であ
るからして、神の国の教会のリーダーとして召されている十二人には、迫害と
いう形で苦難が襲ってくることが告げられました。
 第三段落は、神殿崩壊そのものについてです。これは、終末の苦難ですから、
そこから逃れうる者はだれもいません。しかし、神は「選ばれた者」のために
は、逃れの道を用意し、また、逃れるように勧めていてくださるのです。
 ですから、「選ばれた者」、十二人を初めとして、後に続く者は、この神の
一方的な恵みを受け止め、迫害にとにもかくにも耐え抜き、神の国に使える使
命を全うしなければならないし、また、そのように励まねばならないのです。
 さて、本日は、そのような苦難の後、神の国の教会が建設され、いよいよ神
の国、神の支配が実現する時、そして、主イエス・キリストがご栄光を顕され
る時についての説教です。第四段落にして最終段落です。
 ところが、この神の国、神の支配の実現の時に至っても、なお、試練は残る
のです。偽メシア、偽預言者の出現です。
 が、偽預言者に関しては、すでに旧約聖書において、それへの警戒を怠らぬ
よう、イスラエルの民は呼びかけられてきました。
 そもそも、イスラエルは神と契約を結んだ人々の共同体ですから、「神の国」
のテストケースと言ってもよいものでした。もしも、イスラエルが戒めをきち
んと守ったならば、この神の国において、神との平和が実現したことでしょう。
が、イスラエルは戒めを守ることができませんでした。神の戒めから離れてし
まう罪に陥ってしまったのです。指導者として召された者も同じです。預言者
でさえ、神の言葉ではない言葉を神の言葉として語ってしまいました。これが
偽預言者です。預言者だれでもが、偽預言者になり得るのです。
 指導者が罪を犯してしまった時、民はそれを一体どうやって見分けることが
できるでしょうか。申命記18:21には、「どうして我々は、その言葉が主の語
られた言葉ではない、ということを知りうるだろうか」という民の嘆きが記さ
れています。それに対してモーセは、「その預言者が主の御名によって語って
も、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。
預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない」と言っています。偽
預言者の語る言葉は、神の言葉ではありませんから、力がなく、実現しない、
というわけです。
 しかし、偽預言者よりももっとタチの悪い預言者がいました。それは、他の
神々に仕え、イスラエルを他の神々に仕えさせようとした預言者です。
 神の国のテストケースとは言え、実際のイスラエルは、それぞれの神をいた
だく列強に取り囲まれていました。イスラエルの中に、神から離れてしまう罪
に加えて、他の神々の信仰に走る者がいてもおかしくはありません。実際、特
に王国分裂後の北イスラエル王国においては、アハブ王を初めとして、多くの、
いやほとんどの王がカナンの神バアルに心を奪われました。そして、イスラエ
ルの中にも、多くのバアル預言者がいたのです。
 しかも、これらの預言者は偽預言者以上に真実の預言者との見分けが難しい
のです。なぜなら、彼らも神的なものを背後に負っているので、ある程度はし
るしなや奇跡を行うからです。どうしたら、このような「悪預言者」を見分け
ることができるのでしょうか。その見分け方が、申命記13:5〜6に記されている
ことです。しるしや奇跡によっては判断できないとすると、判断の基準は、そ
の預言者が主の戒めを守っているかどうか、しかありません(5節)。それゆえ、
後のファリサイ派においては、しるしや奇跡は、その人が神から遣わされたか
どうかを判断する基準とはなり得えなかったのです。
 さて、イスラエルだけでなく、すべての民族、すべての民が招かれる、真の
神の国においても、偽メシア、偽預言者が発生し得る、とイエスは警告されま
す。イスラエルにおいては、主の戒めを守ることができないことが、偽預言者
発生の原因でした。しかし、十字架後の教会においては、十字架による贖いを
受け止められないことが、偽預言者発生の原因となります。実際、ガラテヤの
教会においては、十字架の贖いを信じて信仰生活を歩み始めた信徒たちが、律
法を守ることも必要だ、と説く指導者によって惑わされました。(続)



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