2011年11月27日
〔マルコによる福音書講解説教〕
第67回「マルコによる福音書12章18〜27
節」
(10/12/26)(その1)
18節「復活はないと言っているサドカイ派の人々が、イエスのとこ
ろへ来て尋ねた。」
宮きよめの次の日の出来事の続きです。宮きよめでエルサレム中
に知られるようになったイエスのところへ、ユダヤ教の各派の人々
が、イエスと自分たちの派との異同を確認するためでしょうか、そ
してもし異なれば、直ちに訴追したり殺したりするためでしょうか、
次々に訪れます。最初はサンヒドリンのメンバーでした。彼らは、
イエスが、宮きよめによって神殿礼拝の終焉を告知し、異邦人に開
かれた新たな教会の建設を意図しておられることを知り、イエスに
実質的には有罪判決を下しました。間もなく、それは実行されるこ
ととなります。
次に訪れたのは、ヘロデ派とファリサイ派の混合グループでした。
裏にはどうやらゼーロータイも絡んでいる気配があります。イエス
に、ローマの支配に対する姿勢を問います。イエスは、わざわざロー
マ皇帝の像と銘とが入った銀貨を持って来させ、その像と銘とがだ
れのものであるかを確認させた上で、税を支払うように言われまし
た。裏切り者として、リストに載せられたはずです。
そして、今回、第三のグループとして、サドカイ派がやって来ま
した。サドカイ派も、イエスを殺すための言質を取りに来るのでは
ないか、と予測されます。これで、エッセネ派を除いて、ユダヤ教
の三派が揃いました。三派揃って、イエスの十字架への道は踏み固
められる、という展開になるのでしょうか。
ところが、サドカイ派が提出した質問は、「その答え次第では、
イエスを死罪に訴追できる質問」ではありませんでした。事の成り
行きは、そしてサドカイ派の意図は何だったのでしょうか。
19-23節「先生、モーセは私たちのために書いています。『ある人
の兄が死に、妻を後に残して子がない場合、その弟は兄嫁と結婚し
て、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。ところで、七人の兄弟
がいました。長男が妻を迎えましたが、跡継ぎを残さないで死にま
した。次男がその女を妻にしましたが、跡継ぎを残さないで死に、
三男も同様でした。こうして、七人とも跡継ぎを残しませんでした。
最後にその女も死にました。復活の時、彼らが復活すると、その女
はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです。」
亡くなった兄弟の妻をめとって子孫を絶やさないようにする制度
は、民族学でレヴィレート婚と言われ、世界各地にその制度はあり
ましたし、今もあります。イスラエルにもありました。
申命記25:5-6に定められています。
「兄弟がともに暮らしていて、そのうちの一人が子供を残さずに
死んだならば、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならな
い。亡夫の兄弟が彼女の所に入り、めとって妻として、兄弟の義務
を果たし、彼女の生んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名が
イスラエルの中から絶えないようにしなければならない。」
家、そして財産が絶えないようにするための制度です。多分作り
話でしょうか、ある家で、七人の兄弟がいたのに、後継者作りに次々
と失敗し、子孫を残すことができませんでした。ところが話は、失
敗の後始末へとは進みません。関係者がすべて死んで、すべて復活
したとして、七人の兄弟すべての妻となったこの女性は、だれの妻
となるのか、という質問です。この質問の意図を理解するためには、
サドカイ派というグループが、18節にあるように、復活を否定して
いた、という前提が必要です。この質問の本当の意図は何なのでしょ
うか。そもそもサドカイ派とは、どのようなグループなのでしょう
か。
サドカイ派が、祭司たち、特に大祭司を中心にしたユダヤ教の一
派であることは、よく知られていることです。ユダス・マカベアス
の反乱の後、初めて大祭司の称号を受けたシモンの時に、サドカイ
派は始まりました。そして、大祭司の称号と共に、王の称号をも受
けた、シモンの子、ヨハネ・ヒルカノスの時に、グループとしての
形が整いました。以上のことはヨセフスが記しています。また、イ
エスの時代、サドカイ派は、聖書(旧約聖書)や、ユダヤ教の理解を
めぐって、ファリサイ派と論争を繰り返していたらしいことも確か
です。しかし、本当のところ、サドカイ派が何を考えていたのか、
今では全く分からないのです。なぜなら、紀元後70年のユダヤ戦争
をもって、歴史の世界からすっかり姿を消してしまったこの派が書
き残したものが、何一つ残っていないからです。というわけで、サ
ドカイ派の考えは、今では、新約聖書やファリサイ派文献といった
論敵の書いたもの、ヨセフスの歴史書の記述から推測するしかあり
ません。ファリサイ派の書いたものからの推測ですが、ファリサイ
派とサドカイ派は、復活について「ある(ファリサイ派)」「ない(サ
ドカイ派)」と論争していたようです。また、ヨセフス「古代誌」18
からは、「サドカイ派が律法以外のものには全く服従しない」とい
う姿勢を持っていたらしいことが分かります。
以上の少ない手がかりから、この質問を見ると、レヴィレート婚
のケースを例に挙げて、「律法では、復活が想定されてはいないの
ではないか」ということが主張されていると考えられるのです。
(この項、続く)
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