2011年10月30日
〔マルコによる福音書講解説教〕
第65回「マルコによる福音書12章1〜12節」
(10/12/05)(その2)
(前号より続く)
イエスがもし「神からのものだ」と答えて、そしてそれに対して
サンヒドリンの議員が納得したならば、事はそれで済んだことでしょ
う。なぜなら、イエス以前にも、神殿改革者、預言者が現れ、神殿
改革を唱え、実行し、もちろんその改革に最初は抵抗があったでしょ
うけれども、結局はユダヤ教の中で受け容れられて、そうしてユダ
ヤ教は進歩してきたからです。しかし、イエスは「何の権威で、こ
のようなことをするのか。だれがそうする権威を与えたのか」との
問いに対して、回答すること自体を拒否されました。ユダヤ教改革
者として、ユダヤ人に受け容れられる道を自ら絶たれました。そし
て、バプテスマのヨハネのバプテスマを受け容れることをサンヒド
リンの議員たちに迫られました。悔い改めを迫ったのです。
さて、イエスが十字架に架けられた直接のきっかけはサンヒドリ
ンに逮捕されたことです。そして、イエスがサンヒドリンに逮捕さ
れることとなったきっかけは、宮きよめである、と一般には言われ
ています。しかし、宮きよめの何が問題となったのでしょうか。宮
きよめの行為そのものについては、前例もあり、即逮捕ではありま
せん。宮きよめの意味づけが問題です。イエスのなされた意味づけ
を、サンヒドリンがどうしても受け容れられなかったがゆえに、イ
エスの逮捕、そして裁判ということになったのです。
今日の物語は、イエスの宮きよめの意味が、サンヒドリンの議員
たちの前で初めて明らかにされる場面です。イエス逮捕の直接のきっ
かけとなった場面です。何が逮捕の理由となったのか、後に、触れ
てまいりましょう。
イエスは、彼ら、祭司長たち、律法学者たち、長老たち、サンヒ
ドリンの議員たちに、たとえで語り始められました。その内容はど
のようなものだったのでしょうか。
「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張り
のやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。」
たとえ話の第一幕です。ある人がぶどう園を作り、ぶどうの木を
植え、野獣どもの侵入を防ぐ垣を巡らし、ぶどうを搾った後のジュー
スをためる酒樽を掘り、外敵を防ぐためと、農夫たちの避難所とし
てやぐらを作りました。パレスチナに典型的なワインの栽培、製造
方法です。パレスチナでは、ごく最近まで、このような方法が採ら
れていたということです。
が、ユダヤ人は、イエス当時のユダヤ人は、サンヒドリンの議員
であれば尚更、この第一幕を聞いて、イザヤ書5:1-7を思い出した
のではないでしょうか。すなわち、古来、イスラエルでは、ぶどう
園の主人は神に、そして、ぶどう園はイスラエルの民族と土地にた
とえられてきたのです。
しかし、イザヤの預言が、ぶどう畑がよく実ったかどうか、すな
わち、イスラエルの民が神のみ言葉に聞き従ってよい実を実らせた
かどうか、を問うているのに対し、イエスのたとえ話は、そこから
それていきます。ぶどう園の主人がこのぶどう園を農夫たちに貸し、
旅に出るのです。
イエスの話はそこで第二幕、すなわち収穫の時を迎えることとな
ります。主人はその収穫を受け取るために、僕たち(奴隷)を農夫た
ちのところへ送りました。ところが…、です。
2-5節「収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、
僕を農夫たちのところへ送った、だが、農夫たちは、この僕を捕ま
えて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。そこでまた、他の僕
を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。更に、もう一人
を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある
者は殴られ、ある者は殺された。」
この物語の中で、農夫たちは主人とリース契約を結んでいるので
すから、リース料、すなわち収穫物のある一定の割合を支払うのは
当然です。ところが、農夫たちはリース料徴収のために遣わされた
第一の僕を、捕まえて袋だたきにし、空手で帰らせました。それで
は、と次に送られてきた第二の僕については、頭を殴り、侮辱しま
した。リース料を支払わないどころか、農夫たちの僕に対する悪行
が更にエスカレートしていく様がわかります。そしてついに、第三
の僕については殺してしまいました。三人だけではありません。他
に何人もの僕が送られましたが、リース料は全く支払われず、僕た
ちは殴られたり、殺されたりしてしまいました。
このイエスのたとえ話の第二幕は何を意味しているでしょうか。
それは、イスラエルの人々には十一献金が課せられていたにもかか
わらず(申命記14:22-29)、彼らはきちんと献金しなかったばかりで
なく、献金の勧めをした人を侮辱し、なぶり殺しにしたことを指し
ています。このことによって、神の言を全く無視し、なしがしろに
したのです。イスラエルに対する厳しい糾弾の言葉です。聞いてい
たサンヒドリンの議員たちはどのように受け取ったでしょうか。実
は、サンヒドリンの議員たちの中にも、イエスに賛同する人がいた
はずなのです。イエスと同時代の文書において、イザヤ書5章に言
うぶどう園は、イスラエルのことであると同時に、神殿のことであ
る、と受け取られていました。
(この項、続く)
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