2011年06月05日
〔マルコによる福音書講解説教〕
第54回「マルコによる福音書10章1〜12節」
(10/08/08)(その2)
(前号から続く)
あるいは、かつてガリラヤで起こった出来事を、福音書記者マル
コがここに記したのかも知れません。その場合、この物語がなぜ十
字架の出来事の直前に置かれたのか、が問題となることでしょう。
2節「ファリサイ派の人々が近寄って、『夫が妻を離縁することは、
律法に適っているでしょうか』と尋ねた。イエスを試そうとしたの
である。」
ファリサイ派がいる、ということは、ここはユダヤ地方か、ガリ
ラヤ地方でしょう。ファリサイ派はイエスに「夫が妻を離縁するこ
とは、律法に適っているでしょうか」と尋ねました。「イエスを試
そうとした」という注釈からも明らかなように、その問題に悩んで、
イエスに解答を求めた訳ではなくて、その問題を材料に、イエスを
律法違反のかどで告発しようとしたのです。しかし、ファリサイ派
が取り上げた問題が、離縁一般ではなく、「夫が妻を離縁すること」
と限定されているのはなぜでしょうか。そこには、歴史的背景があ
るのです。
3-4節「イエスは、『モーセはあなたたちに何を命じたか』と問い
返された。彼らは、『モーセは離縁状を書いて離縁することを許し
ました』と言った。」
結婚に関して聖書(旧約聖書)では、創世記2:24が基本原則です。
が、この原則だけでは、夫婦間に起こる様々な問題に対処できませ
ん。そこで、ユダヤ教の規定集「ハラカー」では、この基本原則に
基づき、結婚そして離婚(離縁)に関して様々な規定を定めることと
なりました。
まず、結婚ですが、それを神が定められたということは、聖なる
ものとされたということを意味します。が、神がなぜ結婚を聖なる
ものとされたかと言えば、それは子孫をつくるための手段であるか
らだ、とハラカーは考えます。そして、当時は家父長制の社会でし
たから、女性が、夫となる男性に対して聖別されて結婚が成立する、
と考えられました。が、ハラカーは結婚において女性の権利を認め
なかったわけではありません。結婚、すなわち女性の聖化は、女性
の同意なしには成り立ちません。結婚に際しては、夫と妻、双方の
同意が尊重、そして必要とされました。
しかし、その結婚がうまくいかない場合、ユダヤの場合にはその
最大の理由は二人の間に子どもができないことですが、その場合に
は、ユダヤ教では、申命記24:1-4の規定に従って離婚を認めること
となりました。申命記の規定もそうですが、離縁が原則として夫側
からのみ言い渡されるのは、ハラカーによれば、結婚=女性の聖化
であるからして、離婚=女性の非聖化ということになり、それは夫
の仕事だ、と考えられたからです。が、それでも、離婚の場合も女
性の権利は徐々に認められる方向へ進みました。夫の問題、重婚に
関しては、一夫多妻が禁止されるまで、離婚の理由とされませんで
したが、夫の暴力などは離婚の理由となりました。夫が離縁状を書
くことを拒否した場合でも、権威ある律法学者の文書によって手続
きが進められたケースもあったことが確認されています。
以上の背景も含めて、ファリサイ派はイエスに「夫が妻を離縁す
ることは、律法に適っているでしょうか」と問い、さらに「モーセ
は離縁状を書いて離縁することを許しました」と言ったのです。イ
エスのこの件に関する見解はどうでしょうか。
5-9節「イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、こ
のような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、
神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れて
その妻と結ばれ、二人は一体となる。だから二人はもはや別々では
なく一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人
は離してはならない。』」
前回も触れたように、イエスはファリサイ派が言ったことはすべ
て否定する、といった党派心に囚われた方ではあられません。ここ
で、イエスか言われたことの一つは、ファリサイ派が推し進めてき
た解釈を更に先へ推し進めるものでした。ファリサイ派も認めてい
たように、結婚は聖なるものです。しかしそれはハラカーが言うよ
うに、子どもをもうけるために女性が聖化されることによって聖な
るものとなるのではなく、神が結び合わせてくださったがゆえに聖
なのです。神がなされた聖化ですから、永遠であるはずで、途中で
夫が妻を非聖化することなどありえません。ファリサイ派が推し進
めてきた、女性の権利を守る視点は、こうしてさらに明らかとなり
ました。しかし一方、離縁そのものについては、それは、「神が結
び合わせてくださったものを人が離すこと」として否定されました。
カトリック教会は、このイエスのお言葉を離婚禁止令として受け止
めました。教会法においてはもちろんのこと、世俗法においても、
カトリック国においては、婚姻の解消が禁止されてきました。イタ
リア、イギリス、ドイツ、フランス、スペインなどでは、16世紀ま
で離婚禁止です。しかし、現実には、結婚がすべてうまくいくわけ
ではありません。教会は、別居制度の導入など、実質的には離婚状
態を認めるようになってはきましたが、離婚そのものについては、
カトリック教会では原則的に認めないことが、現在でも確認されて
います。
(この項、続く)
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