2010年08月08日
〔マルコによる福音書講解説教〕
第33回「マルコによる福音書5章24b〜34
節」
(10/01/24)(その2)
(前号より続く)
25-26節「さて、ここに、十二年間も出血の止まらない女がいた。
多くの医者にかかってひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても
何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。」
さらに増し加わった困難は、「十二年間も出血の止まらない女」が
イエスに係ってきたことでした。この女性の病気については、「子
宮出血」であったのではないか、と考えられてきています。もっと
も12年間に亘って全く出血が止まらなかったとしたら、とっくに出
血死しているでしょうから、出血が止まっては出血し、を繰り返し
ていた慢性の患者だったのではないでしょうか。慢性の病気につい
ては、家族の負担も大変に大きいものです。この女性に家族はいた
のでしょうか?
それにしても、気になるのが、「多くの医者にかかって、ひどく
苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます
悪くなるだけであった」との記述です。イエスがよい医者であられ
たことは、マルコによる福音書が報告するところです。しかし、当
時のイエス以外の医者はどうだったのでしょうか。そもそも、当時、
医者とは何者だったのでしょうか。前にもふれましたが、病気の原
因をダイモニオンのなす悪さか、あるいは罪に対する神の罰と捉え
てきたイスラエルにおいても、ギリシアの影響で、自然現象として
の病気も認められるようになり、その病気を治す医者がイエスの時
代にはすでに登場していました。主な治療法は薬物を用いるものだっ
たようです。
が、当時のイスラエルの医療事情に関するエプシュタイン医師
(20世紀初めのドイツの医師)の著作によると、こういう「内科医」
のほかに、「床屋医者」と呼ばれる「外科医兼理髪師」が当時のイ
スラエルにはいたとの事です。この人々は瀉血(しゃけつ)という、
静脈から血を抜く簡単な手術を専門としていました。皮膚に乱切り
刀で軽く傷をつけ、そこへ吸角(きゅうかく、吸い玉のこと)を装着
して瀉血しました。そして、瀉血のおまけとして理髪をしていたそ
うです。床屋医者と呼ばれる所以です。
この女性は、このような医者にかかっていたのかもしれません。
料金ですが、1デナリオンで100回の吸角でした。男性患者の場合に
は、一回ごとに理髪と髭剃りのサービスがつきました。この女性の
場合、治療期間が12年間にも及びますので、たとえ一回当たりの治
療費は安かったとしても、相当な累計額になったかもしれません。
あるいは、法外な料金を請求する医者に当たってしまったかもしれ
ません。医者の評判ですが、「神の代理」と呼ばれさえするよい医
者もいた一方で、「医者はいくらいいのでも地獄の一員だ」という
言葉も残っていて、尊敬されていたとは言えないようです。ある種
の職人と見られていたとの事です。以上のことから、この女性の体
験は、現代日本で言えば、民間療法を渡り歩いて、莫大な費用を取
られ、しかも結果がはかばかしくない、といった体験に近いかもし
れません。
27-28節「イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろか
ら、イエスの服に触れた。『この方の服にでも触れれば、癒してい
ただける』と思ったからである。」
以上のような事情から、医者としてのイエスのよい評判を聞いた
であろう彼女は、何とか病気を癒してもらいたいと思ってイエスの
近くに来たのではないでしょうか。しかし、イエスは今、会堂長で
あるヤイロの娘の病気を癒すために、ヤイロの家へ向かう途中です。
後をつい来る群衆の中にも、癒してほしいと願っている人もきっと
いることでしょう。この女性の順番はかなり後になってしまうので
はないでしょうか。
そこで、この女性はルール違反に及びました。かつて四人の人が
診察室の天井をぶち抜いて中風患者を診察中のイエスの許へ突き出
したごとく(2:1以下)、この女性は、群衆をさしおいて、後ろから
イエスに近寄り、癒される目的でイエスにさわったのです。イエス
の時代の医療事情の付け加えですが、イスラエルには、ヘレニズム
の(ギリシア起源の)医術と並んで、エジプト起源の魔術的治療法も
入り込んでいたようです。28節のこの女性の考えはその影響と考え
られます。もちろん、彼女のルール違反は咎められるべきものです。
しかし、彼女をその行為に走らせたのは、長い病気の苦しみと、医
者に振り回された失望感だけではありませんでした。それらに加え
て、汚れの問題がありました。
旧約宗教では罪を犯した者は汚れているとされます。その汚れは
動物犠牲を献げることによって清められます。しかし、贖いの供え
物を献げても清められないと考えられた汚れが五つありました。そ
の五つとは、汚れた動物による汚れ、出産にかかわる汚れ、漏出に
かかわる汚れ、死体の汚れ、そして皮膚病にかかわる汚れです。彼
女の病気は漏出による汚れに該当しました。ということは、彼女は
いくら犠牲の供え物を献げても、漏出が完全に止まって一定の手続
きを経ない限り、イスラエルの一員として認められなかったのです。
彼女は、この重荷をも負っておりました。
(続く)
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