2007年11月11日

『パンをもつ少年

主たる聖書テキスト: ヨハネによる福音書 6章9〜15節


 聖書の世界の背景となったのは、ギリシア・ローマ世界です。ギ
リシア・ローマ世界では、完璧な人間(大人)が善しとされる社会で
した。そこでは子ども達は未熟な者と見られつづけてきました。特
に古い時代のギリシアにおいては、子ども達は労働力として見られ
るだけでした。ところが、ギリシアの世界もだんだん豊かになって
きました。豊かになって大人たちは、将来有能になる子どもを育て
ようとし始めました。教育パパ、ママの始まりです。そうすると、
大人の期待に応えられる場合はいいが、そうでない場合、切捨てが
始まったのです。なおかつ、これはローマの時代に入ってからです
が、大人が自分たちの快楽のみを求めるようになってきました。大
人は子育ての責任を負うよりは、自分の欲望の満足を求め、子ども
達はその犠牲となっていきました。が、その後紀元後2世紀、ローマ
では新生世代の減少がピークに達し、これは大変だということで、
子育てが見直されるようになってきました。が、それでも子ども達
は、人口減少を補うものとして期待されただけでした。

 さて、それでは、大人が自分自身のことしか考えないで、子ども
をないがしろにしてきたギリシア・ローマ世界に対して、聖書の世
界は子供たちをどのように扱い、子供たちにどのように向き合って
きたのでしょうか。

 「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を従わせよ。」(創世記1:28)
これは、旧約聖書の一番最初、神が人を造られたとき、神が人を祝
福して最初に言われた言葉です。ギリシア・ローマの世界のように大
人にならなければ価値がないのではなく、しかもどんな子どもでも、
とにかく子どもを産み増えることが、それだけで神に祝福されるこ
となのです。そして、増え広がって、地に満ち、地を支配する(管理
する)、これが神が人に与えられた人生の目的なのです。なんと違う
ことでしょう。こうして、家族の営み、それも子育てに集中した家
族の営みが、人間最大のお仕事となりました。そして、このメッセー
ジを受け止めたイスラエル民族が、歴史上初めて子育てそのものを
第一とする社会を作り上げたのです。しかし、罪を犯して楽園から
追放された人間にとって、神の祝福のうちに子育てに励むことは容
易なことではありません。罪に陥ると神の祝福を受けられません。
それゆえ、未熟にして罪の誘惑に陥りやすい、と考えられた子ども
に二つの枠(縛り)がかけられることとなりました。一つは割礼です。
このハードルを乗り越えて初めて、人生の目的達成レースに参加で
きるのです。さらにこのレースに参加するためにはいくつもの戒め
を守らなければなりません。子ども達にはとりわけ、十戒の第五戒
「あなたの父母を敬え」(出エジプト記20:12)を守ることが強く要求
されることとなりました。父母の監視がなければ子どもは何をする
かわからない存在、だったのです。こうして足並みそろえて神の祝
福を受け、人生の目的を達成するはずだったのですが、実際罪を犯
して挫折してしまったのは、大人でした。大人はその罪のゆえに、
子孫の繁栄どころか、亡国の危機を招いてしまいました。見当はず
れの子育てをしていたのです。

 さて、イエスも子育てが神に祝福された大切な営みであるという
価値観は受け継いでおられます。瀕死の娘を助けたいという親(ヤイ
ロ)の思いを受け止めて、奇跡をもって救われました。しかし、イエ
スは子育てに、祝福を受けるために子どもを縛るということ以上の
意味を見出しておられました。イエスは「心を入れ替えて子供のよ
うにならなければ、決して神の国に入ることはできない。」(マタイ
18:7)と言われました。子どもが未熟で仕込まなければならないので
はなく、大人が子どもに学ばなければならない、それが子育てだ、
というのです。

 自分の力に頼るのではなく、人間の力では全くなしえない罪の贖
いをキリストがなしてくださった、その恵み、憐れみに自らを全面
的に委ねるところに救いがある、これがイエスが示してくださった
真理です。大人が「できる」と言い張るとき、救いからどんどん遠
ざかってしまいます。子どもが自分の無力さを覚えざるを得ず、キ
リストを素直に受け入れるとき、そこには救いがあるのです。

 それゆえ、教会では救いのしるしとして幼児洗礼を行ってきまし
た。また、子どもにかけがえのない役割を担ってもらってきました。
五つのパンと二匹の魚をもってイエスの前に出た少年(ヨハネ6:9)は、
その先駆けとなりました。子どもは未熟でまだ何もできないのでは
なく、主にあって大きく用いられる器なのです。

(2007/11/11 三宅宣幸牧師)

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