『十字架の呪い』
(ハイデルベルク信仰問答講解説教18)
主たる聖書テキスト: ガラテヤの信徒への手紙 3章7〜14節
話を律法から始めましょう。律法とは「トーラー」の訳語で、ト
ーラーとは、モーセの十戒(出エジプト記20章など)を中心とする古
代イスラエルの法です。モーセの十戒と同じく、宗教上の規定と、
いわゆる法とから成っています。律法のすばらしさは、その内容は
もちろんですが、その成立の過程にあります。古代においては、法
は専制君主が自分の支配を正当化するために発布したものです。と
ころが、イスラエルの律法は制定過程が全然違います。イスラエル
にも王はいましたが、律法は王が公布したものではありません。イ
スラエルがエジプトの地で奴隷として苦しんでいたとき、神はモー
セという指導者を立てて、イスラエルの民をエジプトの地から解放
してくださいました。が、解放後のイスラエルは、流れ者の集まり
にしか過ぎませんでした。が、これらの人々が、神からモーセを通
して与えられた律法の下に結集し、そして「私たちは律法を守ります。」
(出エジプト記19:7参照)と約束し、つまり神と契約を結んで、そし
て契約を結んだ人たちの集まり(契約共同体)として成立したのがイ
スラエル民族でした。ゆえに、自らがイスラエルの民の一員であろ
うと欲する者は、王から下々に至るまで、この律法を守らねばなら
ないのです。
法は守られるべくしてつくられています。しかし、しばしば破ら
れます。法令違反に対しては、法を公布した者は罰をもって臨まね
ばならなくなります。そうでないと法による秩序が保てなくなりま
す。普通でしたら法を公布するのは王ですから、罰するのも王の仕
事です。が、イスラエルの場合は神との契約によって律法が成立し
ていますから、律法違反すなわち契約違反を裁くのは神の仕事です。
神は、祝福と呪いをもって裁きをなさいます。申命記28章1〜にある
ように、神は律法を忠実に守る者に対しては、祝福を下さいます。
が一方、11節以下にあるように、律法違反に対しては、自然災害や、
ある場合には他国からの侵略という形で呪いを実行されます。イス
ラエルの民はどうだったでしょうか。しばしば律法違反をしました。
神を第一とするという十戒の第一戒の基本的な戒めについてさえ、
律法違反を繰り返しました。神から何べん呪いを受けても足りない
ほどです。神から契約解除されても仕方ないほどです。ところが、
神は忍耐しつづけられ、ついに、イスラエルの律法違反のゆえの呪
いを何と神の「独り子」イエスに負わせられました。イエスは呪わ
れたのですが、イスラエルは律法違反の呪いから解放されたのです。
イエスの受けた呪い、それが十字架でした。なぜなら、本日の旧約
書申命記21:22にあるごとく、「木にかけられる」ことは、神に呪わ
れた者に対する処遇だったからです。
が、それでは、イスラエルの子孫たるユダヤ人がこのイエスによ
る律法の呪いからの解放を受け入れて、皆がクリスチャンになった
かというと、歴史はそのようには動きませんでした。ユダヤ教徒は、
イエスの十字架と別のところで、神の呪いを逃れようと工作しまし
た。一つは律法違反をしないように人々を教育することです。シナ
ゴグで教育が行われました。もう一つは、律法違反に対して、神に
呪われる前に自分たちで裁いて処理してしまおう、ということです。
ユダヤ人の共同体には必ずサンヒドリンという議会兼裁判所がつく
られ、そこで律法違反に対する裁判を行い、死刑をはじめとする刑
が執行されました。「神様、律法違反者はもう裁いてしまいました
から、ご心配なく‥」というわけです。
しかし、こうやって救いが、呪いからの解放がもたらされたので
しょうか。ノーであるというのが、パウロがガラテヤの信徒への手
紙で述べている見解です。そうやって律法を破らないように細心の
注意を払っても、全部を完璧に守ることができなければ、一つでも
ミスがあればアウトなのです。「律法の書に書かれているすべてのこ
とを絶えず守らない者は皆、呪われている。」(3:10)のです。神の呪
いから逃れることは不可能なのです。
そのような無駄な努力をするのでなく、神の側で御子イエスが呪
いを一切引き受けてくださったのですから、その御子イエスの救い
に与れば、完璧な救いが簡単に得られるのです。十字架は、御子イ
エスが神の呪いを引き受けてくださったという、ありがたいけれど
も重い出来事を指し示すのみではありません。一生懸命努力するの
だけれども結局は実らない空しい自力の道ではない、新しい救いの
道を示しているのです。
そのようなありがたい救いの道が示されたのですから、私たちも
自分で救われようとするそういう自分を十字架に架けてしまうこと
が求められています。
(2007/09/30 三宅宣幸牧師)
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