『ポンテオ・ピラト』
(ハイデルベルク信仰問答講解説教17)
主たる聖書テキスト: ルカによる福音書 23章13〜25節
本日は、問38です。使徒信条の「ポンテオ・ピラトのもとに」と
いう語句を取り上げ、イエスの受難の具体相、また、その具体相の
持つ意味について学びましょう。が、その前に、私たちはもう一度
イエスの受難物語を振り返ってみる必要があります。
イエスは過越祭の週の始めの日、エルサレムに入城されました。
その日群集はイエスを歓迎しました。イエスを王としてのメシヤと
して期待していたのです。ところが、マルコによれば翌日、マタイ・
ルカによればその日に起こった「宮きよめ」によって民衆の態度は
一変します。ユダヤ教徒にとって神聖な神殿を、イエスは生涯にた
だ一度暴力までふるわれて「宮きよめ」をなさいました。このため、
ユダヤ教当局者のみならず、民衆(一般ユダヤ教徒)からも、イエス
はユダヤ教に敵対する者と見なされたのです。それから木曜日まで
の間に、イエスはいろいろな教えと業とをなさいましたが、神殿崩
壊の予告はどの福音書にも記されています。ユダヤ教当局者そして
ユダヤ民衆の反感はさらに強くなっていったのではないでしょうか。
そういう中でイエスは弟子たちと過越祭の食事(最後の晩餐)を共に
されました。その後、裏切り者イスカリオテのユダの手引きによっ
て、ユダヤ教当局者の手の者に捕らえられました。その夜の中に最
高法院(サンヒドリン)が召集され、明らかに死刑の判決が下された
ようです。(ルカでは裁判は翌朝となっています。)ところが不思議
なことにユダヤ教当局者らは自ら死刑を執行することをせずに、そ
の当時のローマのユダヤ総督ポンテオ・ピラトの下に引き渡すので
す。彼にとっては宗教上の対立はどうでもいいことです。彼の関心
は反逆罪であるかどうかだけです。それで本日の福音書ルカ23:13〜
をはじめ、どの福音書の記述でも、「この男に何の罪も見出せない。」
という主旨のことを言っています。にもかかわらず、ユダヤ教当局
者のみならず民衆の「殺せ、殺せ」のシュプレヒコールに負けて、
反逆罪として有罪の判決を下し(ルカ23:24)イエスを十字架につけ、
イエスは十字架上で息を引き取られることとなりました。
さて問題は、イエスの十字架刑による死の直接の責任がだれにあ
るのか、という問題です。イエスご自身はどうでしょうか。イエス
はローマ帝国に対する反逆を企ててもいませんし、もちろん実行し
ていません。ゆえに無罪です。それでは無罪のイエスを十字架刑に
処してしまった責任はユダヤ教当局者にあるのでしょうか。確かに
最高法院はイエスに死刑の判決を下したようです。しかし、死刑は、
まして十字架刑は執行していません。そして最後にピラトです。彼
は、無罪の判断にもかかわらず、ユダヤ人の声を聞く必要がなかっ
たにも係わらず、イエスに十字架刑の判決を下し、執行しました。
ユダヤ人に、イエスの十字架刑に加担した責任はあるかもしれませ
んが、無実のイエスを十字架刑に処した責任はあくまでもピラトに
あります。
使徒信条は、ローマ帝国によるキリスト教迫害がまだなされてい
る時代に、ローマ帝国のお膝元であるローマ教会でまず告白されま
した。イエスの十字架刑の責任がユダヤ人にあるかのようにごまか
すことも可能であったはずなのに、使徒信条は、イエスの十字架刑
を、ローマ総督ポンテオ・ピラトのもとでとはっきり述べています。
(ユダヤ人に責任があるとは、これっぽっちも言っていません。)こ
れは驚くべきことです。
さて、問38の問いは、そのポンテオ・ピラトのもとでなぜイエス
が無罪なのに有罪、十字架刑の判決を受けねばならなかったか、で
す。歴史上のピラトは、実にいいかげんな、権力欲の塊のような人
物だったようなので、ピラトにとってはただのいい加減な判決のひ
とつに過ぎなかったのかもしれません。しかし、仲保者たるまこと
のメシヤ「神のひとり子」として歩まれたイエスにとってはいい加
減では済まされません。大きな意味を持っています。イエスのこの
世の裁判における不当な有罪判決は、我々イエス以外の人間全部の
神の前のまことの裁判における有罪判決と裏腹なのです。私たちは
神の前で有罪判決を受けた刑確定者です。なのに、刑が執行される
ことなく今生きることを許されているのは、私たちの代わりに、無
実のイエスがこの世のインチキ裁判において有罪とされ、しかも刑
がすでに執行されてしまったという屈辱の犠牲があるからです。冤
罪ほど悔しい屈辱はありません。イエスの死はヒーローのかっこい
い犠牲死ではありません。冤罪による代理死です。イエスがそこま
でしてくださったとしたら、真犯人である私たちは、どうしたらい
いのでしょうか。
(2007/09/23 三宅宣幸牧師)
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