2007年02月04日

『慢心してはならない

主たる聖書テキスト: コリントの信徒への手紙一 4章8〜16節


 本日与えられた聖書テキストは、Tコリント4:8-16です。コリン
トの第一の手紙ですので、使徒としてのパウロと教会との関係が、
ひどい状態になる以前なのですが、パウロは、コリントの教会に使
徒が与えられていることが、神の大いなる祝福であることを伝えん
がために、この手紙のこの部分を認めたのです。
 それでは、使徒は何のために教会に遣わされているのかといえば、
それは、16節に「わたしに倣う者となりなさい。」とありますよう
に、使徒が教会員の模範となるためであるというのです。この勧め
が受け入れられなかったからこそ、コリントの教会が堕落してしま
ったのですが、本来、コリントの教会はどうすべきであったのか、
「わたしに倣う者となりなさい。」という勧めについて学んでまい
りましょう。

 まず第一に、パウロは、コリントの教会の人々にパウロの何を倣
うようにと勧めているのでしょうか。パウロ自身が、自分のことを
「土の器」と言っていることは、先週のみ言葉の取り次ぎで触れま
した。事実、彼は「見栄えがしない」という評判を受けていたこと
を正直に認めています。(Uコリント10章)パウロは、ギリシア的な
意味では、お手本として、人に見習われるものを何一つ持たない人
だったのです。
 それでは、教会員はパウロの何を倣えばよいのか。それは、パウ
ロの苦難です。ここでは、第一の手紙時代のパウロがすでに受けて
いた苦難が並べ立てられています。「死刑囚のように」(9)、「見せ
物となった」(9)、「愚か者となった」(10)、「弱い」(10)、「侮辱
されて」(10)、「飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せ
る所もなく」(11)、「侮辱され」(11)、「迫害され」(12)、「のの
しられて」(12)、そして、挙句の果てには、「世の屑」(13)、「す
べてのものの滓」(13)とされたと言っています。ひどいものです。
どれ一つとして、私たちがすすんで経験したいと思うものはありま
せん。できるならば、いや、絶対に避けたいものばかりです。しか
し、使徒の場合には、(先週のみ言葉の取り次ぎで触れられたように)
これらを経験することによって、キリストの苦難に近づく、つまり、
栄光を獲得するかもしれません。が、なぜ、教会員までもが、それ
に倣わなければならないのでしょうか。

 それは、使徒と教会員との関係がどうあるべきか、という問題以
前に、コリントの教会員の現状に大いに関係があるのです。パウロ
が、コリントの教会員の現状について触れている言葉を拾ってみる
と、次のとおりです。「既に満足し」(8)、「大金持ちになり」(8)、
「王様になり」(8)、「キリストを信じて賢い者となり」(10)、
「強い」(10)、そして「尊敬されている」(10)です。パウロが自分
自身について言っていることと対照的に、実に立派です。しかし、
実はこれはパウロの皮肉です。コリントの教会員は、その豊かさの
ゆえに慢心している、高慢になっているというのです。慢心すると、
高慢になると、何がいけないのか。それは、人間的に、倫理道徳的
に見てよろしくない、というのではなく、神の祝福に対して、ヤコ
ブ状態になってしまう。つまり、神を見失う。神の祝福を祝福とし
て受け止めることができずに、利権として、欲望の対象として、取
引するようになってしまう。それゆえ、神の祝福が、教会の中に行
き届かなくなってしまうからなのです。事実、Tコリント11章によ
ると、コリント教会では、食事のとき、各自が勝手に自分の分を食
べてしまい、教会の中で弱い者や病人が多く死んだ、ということま
で報告されているのです。神の恵みを自分のための「モノ」として
しか考えないから、こういうことが起こるのです。

 こんなコリント教会を、神はお見捨てになってしまったのでしょ
うか。いいえ。お見捨てになることも可能だったのですが、お見捨
てにならなかったからこそ、コリントの教会員と全く対照的な、貧
しい、みすぼらしいパウロを、コリントの教会に、使徒として、倣
うべき模範としてお遣わしになったのです。それは、コリントの教
会の人々に、今までの生活を反省し、悔い改めて、神の祝福をその
まま素直に受け取る機会を与えようという、神の深い御憐みによる
ものだったのです。

 コリントの教会の人々は、悔い改めたでしょうか。残念ながら、
怪しいのです。しかし、私たちは、悔い改めた少数の人がいた、と
信じたい。なぜなら、救いは多数ではなく、悔い改めた一人の人に
よって担われるからです。

(2007/02/04 三宅宣幸牧師)

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