『惜しみなき奉仕』
主たる聖書テキスト: コリントの信徒への手紙二 9章6〜15節
教会の始まりであるイスラエルの民の礼拝は、そもそも感謝の礼
拝でした。出エジプトの民が、神と契約を結んだ際、真っ先に与え
られた戒めは、礼拝、特に献げ物についての規定であり、その規定
にしたがって、最初の祭司アロンが感謝の礼拝をささげたことが、
レビ記9章に記されています。
この礼拝には、献げ物が必ず必要とされました。第一は焼き尽く
す献げ物です。それは、その香りを主にかいでいただくためのもの
であり、神に近づくしるしでした。第二は和解の献げ物、これは、
感謝、請願などのときに、主に献げられました。この和解の献げ物
は、一旦礼拝で献げられた後、祭司のために分かたれるとともに、
「献げた人」にもう一度分け与えられたのです。彼は、それを家族、
友人と分かち、共に食べたのです。この他、贖罪の献げ物がありま
した。神の憐れみを受けたとき、覚えたとき、イスラエルの民は、
礼拝をささげ、献げ物を献げ、とりわけ、感謝の献げ物は、献げた
後に、皆で分かち合って、主の恵みを共に喜び、祝ったのです。こ
れが、教会の前身であるイスラエルの伝統だったのです。
さて、コリント�U9:16〜25ですが、9章のタイトルにあるように、
パウロがコリント教会の人々に、エルサレム教会への献金を奨めて
いるところです。しかし、パウロはなぜ、コリント教会の人々にエ
ルサレム教会への献金を強く奨めるのか、また、なぜそれは実質的
には募金であるのに、献金と呼ばれるのか、わかりづらいところで
す。実は、その背景には、コリント教会のパウロに対する、神に対
する「背きの歴史」があるのです。
先々週のみ言葉の取り次ぎでも述べたように、コリントの教会は、
パウロを通して、神からたくさんの恵みをいただいた教会でした。
ところが、この教会の人びとは、パウロが去った途端、まことの神
を忘れ、自分の霊の力に頼り始めるのです。これに対してパウロは
「コリントの信徒への手紙一」を書きました。ここでコリントの教
会の人々の悔い改めがあったかどうか、よくわからないのですが、
コリントの教会の人々は、イスラエル民族の背きの歴史に倣って、
悪に悪を重ねるのです。今度は、悪い教師の扇動に乗って、パウロ
が使徒であることを否定しだしました。この悪い教師たちは、自信
満満だったのでしょう。「自分たちだって聖なる者だ。」と主張し
たのでしょう。パウロはどう対応したか。もう一度コリントの教会
を訪問し、悪い教師に乗っかって神に背く罪から離れるよう説得し
たらしいのです。しかし、説得は失敗しました。それで、もうだめ
かもしれないが、もう一度だけ説得を試みてみよう、ということで
書かれたのが、コリント�U10〜13章の「涙の手紙」と言われる部分
なのです。悪い教師どもの自信満々ぶりに比べて、パウロは、自分
自身が見栄えがせず、「愚か」であることを認めています。しかし、
使徒とは、人が自らの才能に頼ってなる者ではなく、神によって立
てられるものです。神は、パウロのむしろ愚かさを用いて、いや、
キリスト教に敵対する人物でさえあった彼をあえて用いて、異邦人
の救いのために使徒として立てたのです。この使徒パウロを通して、
コリントの教会は、キリストの贖いの恵み、愛を受け取ったのです。
そのパウロの使徒性を否定することは、パウロへの無礼に止まらず、
神への反逆なのです。
その後、コリントの教会はどうなったでしょうか。テトスを遣わ
しました。テトスからどんな知らせがもたらされるか。その知らせ
は、パウロが期待しつつも、可能性としてはゼロに近かった「コリ
ント教会の悔い改め」でした。悪い教師は追い出されたのでしょう。
ここに、旧約時代の敵の敗北にも勝る奇跡が起こったのです。パウ
ロはこの喜びの報告を受けて、コリント�U1:1〜2:13、7:5〜16の部
分を記したのです。パウロは、7:16で、あの悪いコリント教会の人
々に「わたしは、すべての点であなたがたを信頼できることを喜ん
でいます。」とさえ書いています。
この感謝の献げ物として、パウロは、献金をエルサレム教会のた
めに献げるよう奨めているのです。コリント教会に奇跡を起こして
恵みを与えてくださった神に感謝して、献金を献げるのです。ゆえ
に、募金ではなく、献金なのです。
私たちも、あふれ出る恵みに対する感謝の献げ物として、「献金」
を献げているでしょうか。
(2006/09/24 三宅宣幸牧師)
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